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2013年12月13日 (金)

コトノハヲ

「Kannst du mit dem Unterricht Schritt halten?」
「あー……ヴァーシャイン…リヒ……」

 中空のモニターから俺に問いかける女性講師に、俺はたどたどしいドイツ語で答える。
 そもそもこれがドイツ語として相手の耳に届いているのか怪しい。だからこそ講師は俺に「授業についてこれてるか」と聞いたわけだし。
 案の定、講師は栗色の髪を左右に揺らして苦笑いをして「Also, alles Gute 」
と言った。終わりの挨拶だ。
「Danke  schön.」
 これだけは流暢に言えるようになった礼の言葉を述べて、俺はモニターを閉じた。
 
「はあー……」
 俺はため息をついて、ソファーに倒れこんだ。
 バカみたいにでかいソファーは、俺が横になったってあと2人くらいは余裕で座れそうだ。なんでふたり暮らしにこんなでかいソファーが必要なんだろう。そう考えてしまうのは俺がやっぱり庶民だからか?
「おつかれ蒼葉」
 俺の隣で丸くなっていた蓮が、俺の腿にちょこんと前足を置いて労いの言葉をくれる。
「……お前はいいよなあ。設定ひとつ変えればどこの国の言葉だって喋れるもんな」
「それは単にソフトの問題でしかない。ハードとして人間の脳には到底及ばない。そのハードは活用次第で無限の可能性があるはずだ」
「活用できてなくて悪かったなー!」
 俺はわざとらしくふてくされた声を出す。

 そのとき頭の近くで革張りの座面が沈む気配がした。顔を仰向けるとマグカップを持ったノイズが俺を見下ろしていた。
「おつかれ」
 言いながら差し出されるマグカップを、俺は上体を起こして受け取った。
「Danke  schön.」
「日本語でいい」
「……ありがとう」
 俺がドイツ語を習っているときのノイズは、いつもほんのりと不機嫌だ。
 口にも態度にも出てないけど、なんとなく空気でわかる。
 俺の覚えが悪すぎるのが苛立つのかもしれない。

 俺がドイツに定住するようになって三ヶ月半。
 本格的にドイツ語を勉強したいとノイズに頼み込んで、こうして週に3回、講師をつけてもらっている。
 そのことについて、ノイズは最初渋っていた。「覚えなくても別に不自由はないだろ」
とも言った。
 確かにそれはそうだった。
 オールメイトに乗せる翻訳系のアプリは最近すごく充実していて、少し値は張るけど同時通訳アプリもある。
 実際買い物とか、外での用事はほとんどそれに頼っていた。
 ノイズは俺といるときは日本語を使うし、だからドイツ語を覚えなくても不自由はないと言えた。

 でも俺はノイズの生まれた国の言葉を覚えたかった。
 ノイズの両親や弟と通訳なしで言葉を交わしたかったし、何よりここでずっと暮らすと決めたんだから、いつまでも通訳アプリ頼みじゃいけないと思った。

 
 けど、意気込みとは裏腹にドイツ語習得は遅々として進まなかった。
 さすがに挨拶や簡単な会話くらいはできるようになったけど、ちょっとフランクな会話になるととたんに聞き取れなくなる。
 物覚えは悪いほうじゃないと思ってたから、自分のこの出来なさっぷりには正直落ち込む。

 俺がコーヒーを啜りながら軽くため息をつくと「別にやめてもいいけど?」とノイズがぼそりと呟いた。
 ノイズの胸ポケットに入ってたウサギモドキがぴょこんと顔を出して「蒼葉!ヤメレバ!」と尻馬に乗る。
「いや、やめないって!…ていうか、もっと空いてる時間もガンガン勉強しなきゃ駄目なんだよなー」
 言いながらソファーに深く凭れる俺を、ノイズはチラリと見て
「いんじゃね?ゆっくりで」
 そう呟いた。
「でも、あんまり長引いてもダメだろ?講師たのむのもタダじゃないんだし」
「……ふたりでいる時間にアンタが難しい顔して勉強してるほうが嫌だ」
「あ……」
 確かに昼間はノイズは仕事で、俺もノイズの仕事を手伝っていて、夜はふたりでゆっくりできる貴重な時間で。
 なんとなくノイズの不機嫌の理由がわかった気がした。
「だったら…お前がドイツ語教えてくれればいいのに」
 申し訳なさを感じながらも、ほんの少し咎める口調で俺が言い返すと
「それは嫌だ」
 即答された。
「なんで?!」
「家の中でまでドイツ語使ってたら、アンタの気が休まらないだろ?」
「………」
「アンタはひとりでこっち来て、俺以外に知り合いもいないし。家の中でぐらい楽にすればいい」
 確かに……外では聞こえるのも目にするのも全部ドイツ語で、日本語が恋しいと思うときもないわけじゃないけど。
「でも…!それは碧島にいたときのお前も同じだろ?ひとりで碧島にいて、それでもずっ

と日本語使ってたじゃないか!」
 ……ここまで考えて、俺はふとあることに気がついた。
 ノイズはどこで日本語覚えたんだ?

 ノイズの日本語は、発音から言葉選びまで完璧にネイティブのそれだ。
 だから俺はノイズがドイツの人間だってまったく思ってなかった。
 ノイズがドイツの人間と知った後も、両親が日系か日本語ができる人なのかとも思っていた。
 けれど会ってみればノイズの両親は生粋のドイツ人で、日本語もまったく知らないようだった。
 これまでも時々ふっと湧いていた疑問だったけど、いまこの瞬間俺は無性にそれが知りたくなった。

「なあ……お前ってどこで日本語覚えたの?」
 言いながら俺は少し不安を感じていた。これでノイズがさらっと「独学で」なんて言ったら俺はノイズとの能力差にまた落ち込みそうな気がした……。
 けれどノイズの答えは意外なものだった。

「ライムで覚えた」
「ラ、ライムで?!!」
 
 あまりに予想外の返事に俺は間の抜けた声をあげてしまった。だってライムって対戦ゲームだろ。あれのどこに語学の要素が……。
「ライムフィールドでは言語の壁はないから。言葉はすべて直接に脳内に送り込まれる」
「通訳とは違うのか?」
「違う。もっと直接「意味」が脳に届くみたいな感じ。まあ同じ言語同士でやってたら気がつかないかもな」
 言われてもあまりピンとこなかった。まあ俺はライムやってた記憶自体が微妙に曖昧だし。
 でもそれが何で勉強に……?
 俺が疑問を口に乗せる前に
「試してみる?」
 わずかに挑発の色を含んだノイズの声。
「試すって……もうライムは全然別ゲーだろ?」
 東江が死んでから、ライムの管轄も別の会社に移った。ライムはさらにバージョンを変え、よく言えばとっつきやすく、悪く言えば刺激のないものになった……らしい。
 もちろんいままで使っていたバージョンは使用できなくなっている。
「辻斬り用に改造したデータを持ってるから。対戦はできないけど、フィールドだけはまだ残ってる」
 そう言ってノイズはウサギモドキを左の掌に乗せ、右手の人差し指で中空をなぞる。
 途端──俺の目の前で光がチカチカと点滅を始めた。足元の床がぐにゃりとひしゃげ、飲み込まれていくような感覚が襲う。
「ちょ……ノイズ……いきなり……!」
「蒼葉!!」
 蓮が俺の胸のなかに飛び込んできた。とっさに青い毛玉を抱きしめる。
 上下の感覚がなくなり、足から落ちているのか頭からなのかわからない。
 船酔いにも似た吐き気を、俺は歯を食いしばって堪える。
「……く……ぅ……」
 気がつけば視界は深海にも似た一面の青。そこに光の網が俺の周りを螺旋のようにぐるぐると回っている。抗うこともできずに、俺は光の網に絡め取られて……青の中に呑み込まれていった。

 
 目を開けると──そこはもうマンションのリビングじゃなかった。
 レトロな横スクロールアクションのゲームをそのまま立体にしたような、子供じみた空間──ここはノイズのライムフィールドだ。
「あ……」
 不思議な懐かしさを感じて、俺はあたりを見回した。ウサギモドキ柄の床、ウサギのブロック、けばけばしいハリボテみたいなウサギ。だけどもうこのフィールドでライムをすることはできない。 そう思うとこの空間が、人のいない遊園地みたいに寂しげに見える。

「蒼葉──」
 背後からの声に振り返ると……そこには蓮がいた。犬の姿じゃない、俺より頭ひとつでかい男の姿……オンラインモードの蓮だった。
「蓮!うわ…なんかこの姿見るの久しぶり!」
「俺も、またこの姿になるときが来るとは思わなかった」
「やっぱカッコイイなー!」
 駆け寄り、蓮の肩に手をかける。
「あれ……?」
 視界に映る自分の両腕を見て、俺は自分の姿も変わっていることに気づく。
 さっきまで俺は大きめのシャツとスウェットパンツというゆるゆるの格好だったけど、いま身につけているのは気に入りのブレインナッツのジャケットだ。
「え……前はそのときの姿が反映されてたよな?」
 俺がジャケットの袖口をつまみながら呟くと
「スキャンモードが死んでるみたいだ」
 ノイズの声──振り返ると、ノイズも以前の姿になっていた。少しガキっぽさの漂う服とジャンクなアクセ、そして顔には、いまはもう外しているピアスがガッチリと嵌っていた。
「データが最後にフィールドに入ったときのままで停まってるらしい」
 ノイズの言葉を聞きながら、俺はその姿に見入っていた。久しぶりに見るその姿は、俺とノイズが「そうなった」ばっかりの頃の緊張感を思い出すし、何よりその姿を俺は「可愛い」と思った。
 いまよりずっと人を食ったような態度で、そのくせ意地っ張りで頑なだったあの頃のノイズ。
 懐かしくて……少し甘い気持ちになる。
「……なに?」
 俺が無言でガン見しているのに気づいて、ノイズが怪訝そうな声を出す。
「いや……なんかすげー懐かしい感じがして。なんつーか同窓会みたいな?」
 よく見ればノイズの隣には、もっちりとしたフォルムの帽子をかぶったウサギが立っていた。
 もちろんこれはオンラインモードのウサギモドキだ。
「おわ!可愛いなー!」
 俺は思わずウサギモドキを抱きあげていた。感触も毛皮がみっちりして弾力がある。
「蓮はもふもふだけど、ウサギモドキはもちもちだな~」
「P!蒼葉せくはら!せくはら!」
 もがくウサギモドキを俺が笑いながらホールドしてると、ノイズの盛大なため息が聞こえた。

「Sehen wir uns nicht täglich … fast wie ein Kommilitonenverein?」
(同窓会みたいって…俺たち毎日顔突き合わせているだろ?)

「………え………?」
  
 何だ……?いまの───

 俺の耳に入ってきたのは、確かにドイツ語で、なのに俺はその意味を普通にすんなり理解していた。
「なに……これ……?」
 うろたえる俺に、ノイズがフッと目を細める。
「わかる……?」
 今度は日本語。「わ」と「か」「る」──たった三文字。
「Hast du’s kapiert?」
 次はドイツ語。ドイツ語なのにわかる。さっきと同じ、「わかるか?」って聞いてるんだ。
「うわ……何これ…なんか…きもちわる……」
 事態を処理しきれずに俺が頭を抱えていると、

「日本語なら、たとえば初めて聞く言葉でも、すぐに意味を理解して覚えることができるだろ?それと同じ。いまこうして聞いている言葉を、アンタはすぐに噛み砕いて覚えることができるはずだ」
「そ、そうなのかな……?」
「俺が言うことを復唱してみて」
「う…うん」
 
 改めて、俺とノイズは向き合う形になる。傍らでは人型の蓮とウサギモドキが俺たちを見守っている。なんだかシュールな光景だ。

「Aoba lebt jetzt in Deutschland.」
(蒼葉はいま、ドイツで暮らしている)
 ノイズが言葉を紡ぐ。講師のような噛んで含める言い方じゃなく、くすぐるような、囁くようなトーンだ。
 ノイズのドイツ語は、もちろんいままでも聞いてはいるけど、俺に向かってドイツ語で話しかけることはほとんどないから、それもなんだか新鮮だった。
「……Aoba lebt jetzt in Deutschland……」
 頭のなかのワードを、俺はすくいあげて反芻して、舌に乗せる。
 驚くほど、それは滑らかに「言葉」になった。
「わ……喋れる」
 驚く俺にノイズは小さくで目で頷いて先を続ける。
「Aoba beherrscht Deutsch aber nicht besonders gut.」
(蒼葉はドイツ語があまり得意じゃない)
「ほっとけ」
「復唱」
「はいはい」
 復唱する。これもすんなりと喋れる。
 なんだこれ……効果絶大すぎるんですけど。

「Aoba zieht sich immer sehr dick an, weil es in Deutschland so kalt ist.」
(ドイツは寒いから蒼葉はいつも着ぶくれている)
 あんまりスルスル喋れるので、楽しくなってきた。
「なんかやばいくらいチートだよな!これならすぐ喋れるようになるかも」
 俺が浮かれた声で言うと、ノイズは何かを考えるように数瞬無言になった。
「ん……?」
「何でもない。続ける」
 言うことが思いつかなくなったのかな……と俺が思ってると
「Aoba ist meinetwegen nach Deutschland gekommen. Das hat mich sehr gefreut.」
(蒼葉は俺のためにドイツに来てくれた。俺はそれをとても嬉しく思う)
 心のなかで「おい……」と思ったものの、俺はおとなしくそれを復唱する。
「Ich möchte nicht, dass Aoba sich gedulden muss.」
(俺は蒼葉に我慢して欲しくない)
「………」
「続けて」
「…Ich möchte nicht, dass Aoba sich gedulden muss.」
「Aoba hat sowohl Familie wie auch Freunde. Sie hat sich von diesen getrennt, weil ich so selbstsüchtig bin.」
(俺は何も大事なものがなかったから、ひとりでいるのも平気だった。でも、蒼葉はそうじゃない)
 ……復唱する……。

「Aoba hat sowohl Familie wie auch Freunde. Sie hat sich von diesen getrennt, weil ich so selbstsüchtig bin.」
(蒼葉には家族がいて、友人がいる。それから離れるようにしたのは俺のわがままだ)
 復唱───する。
「Daher würde ich Aoba gern noch weiter befreien. Aber 」
(だから蒼葉にはもっと自由にして欲しいって思う。でも……)
「……?……」
 俺が復唱を終えてもノイズは次の言葉を続けなかった。
 ノイズがわずかに俯く。ほんの少し眉根を寄せたその表情は怒っているようにも、嘆いているようにも見えた。
 しばらくの沈黙のあと、ノイズは言葉を継いだ。

「aber … gleichzeitig möchte ich Aoba, glaube ich, ganz für mich allein in Anspruch nehmen.」
(でも……俺は蒼葉をひとり占めしたいんじゃないかって思う)
「……!……」

「Ich wollte nicht, dass du dich überanstrengst, als ich sagte, du braucht nicht Deutsch zu lernen … das ist es wohl, was mir so dabei gedacht habe.」
(アンタにドイツ語覚えなくていいって言ったのは、アンタに無理をして欲しくないからだけど…もしかしたら俺の中にそんな考えがあったんじゃないかって思う)
 ノイズはもう練習のためでなく、はっきりと俺に語りかけていた。口調も少し早口になっている。

「ノイズ……」
 俺はもう──復唱しなかった。そしてノイズもそれを待つことなく次の言葉を継ぐ。

「Wenn du nicht Deutsch sprechen könntest, könntest du auch niemals mit anderen Menschen außer mir verkehren … das habe ich mir wohl nicht bewusst gemacht, mir aber irgendwo tief im Herzen gewünscht.」
(アンタがドイツ語を話せなければ、アンタはずっと俺以外の人間と交流することはない……意識してなかったけど、もしかしたら……俺は心のどこかで)

「ノイズ!!!」
 俺はノイズの言葉を遮るように声を荒げた。
 我にかえったようにノイズが顔をあげる。その頬を俺はやんわりと叩いた。
 ペチンと小さな音が鳴る。
「……お前、そんなこと考えてたのかよ」
 ノイズの不機嫌の、本当の理由がやっとわかった気がした。
 俺はノイズの両肩を抱き、その顔をのぞきこむ。叱られた子供のように、少しふてくされた表情。
「……違う。喋っているうちに、そうなんじゃないかって自分で気づいただけ」
 呟きは日本語だった。
「そっか………」
「ムカつく……自分に」
 ノイズは俯き、忌々しさを吐き出すような大きなため息をつく。
「なんか……矛盾してる。俺はアンタに負担かけたくないって、それは本当にそう思ってる。でも無意識のうちに、アンタをこの国でぼっちにしたいって考えてたとか……」

「いいんじゃね?別に」

 俺はそう言ってノイズの両頬を掌で包んだ。ノイズの切れ長の目がほんの少し丸くなる。
「俺だってお前のことでぐちゃぐちゃ悩んだことあったし。清く正しいだけの気持ちなんて、ないだろ。特に……人を好きになったときなんて」
 俺にも覚えがある──ノイズが「ちゃんとした大人」になって俺の前に現れたとき。
 ノイズに広い世界を知ってもらいたいと思っていたくせに、いざそうなると不安になった。閉じた世界で俺だけを見てくれる、未熟なノイズでいて欲しいと──たぶん心のどこかで俺は思っていた。幼稚で、ろくでもない感情だ。

 でも誰かを好きになったとき──人はそういう気持ちを、多かれ少なかれ抱くんじゃないかって、俺は、そう思う。

 俺はそれを言葉にしてノイズに伝え、苦笑いをして見せた。
「たぶんさ……これから先もそういうぐちゃぐちゃした気持ちってなるんじゃないかな……。どっちかが悪いとかじゃなくて……なんつーか「そういうもの」っていうか自然の摂理みたいな…?」
 俺の言葉にノイズが眉をしかめながらクッと笑った。
「アンタ……ドイツ語以前に日本語怪しいし……」
「い、いいだろ!別に」
 ノイズが笑ったことに少しホッとしながら、俺はぶっきらぼうに言い返す。
「まあ……言いたいことはわかるけど……」
「だろ?」
「うん」

 俺たちは顔を見合わせて小さく笑った。
「蒼葉」
 言葉とともに引き寄せられ、俺はノイズに抱きしめられていた。
「アンタが好きだ」
 肩口に息を吹き込むようにノイズが呟く。まっすぐな言葉が心地いい。
 俺もノイズの背中に手をまわして抱きしめ返す。
「俺も……好き……」
 そうして俺たちはまた見つめ合う。

 ピアスだらけのノイズの顔──最後にライムをやったのは、ノイズとの再戦のときだから、この姿はそのときのままだ。
 あの頃は、先のことなんてまだ考えてなかった。俺に触れたいと言ったノイズと同じくらい、俺も触れたいと思って、触れて、キスをして、ノイズの小さな変化を見るのが楽しくて。
 好きになることで不安になるなんて、考えもしなかった。

「蒼葉……」
 呟きとともに、ノイズの顔がゆっくり近づいてくる。俺は目を閉じ、唇が触れるのを待つ───

「きすスル?のいずきすスル??」
 ウサギモドキの甲高い声がフィールドに響き渡った。
「!!!」
 俺たちは反射的に体を離す。
 蓮とウサギモドキがいるの、すっかり忘れてた……。
 おそるおそる振り返ると、蓮に後から抱えられ、口を塞がれたウサギモドキがじたばたと身を捩っていた……。
「………」
 ノイズを横目で見ると、すっかりしらけた表情になっている。
 俺も乾いた笑いを浮かべるしかない。
 しばらくふたりでカオスな光景を眺めていたけど。
「……そろそろ戻るか………」
 ノイズがため息とともにそう呟いた。

 目を開けると、視界は一面の白。しばらくしてそれがリビングの天井であることに気づく。
「ん……」
 俺はソファーの上で、右手と右足を滑り落とした格好で横になっていた。ひどい寝相だ……。
 上体を起こして目をやると、ノイズはちゃんと腰掛けた姿勢で肘掛に凭れて目を閉じていた。
こんなときでもお坊ちゃんだな……。
 そう思いながら俺はノイズに近づき、その顔をまじまじと見る。
 もうピアスのない顔、飾るものがなくても充分に整って綺麗だと思う。まだ鼻筋に小さくピアスの跡が残っている。俺はそれをそっと指でなぞる。
 その瞬間、ノイズの目がパチリと開いた。
「わっ…!」
「なに……やってんの……?」
「いや……ちょっとビフォーアフターの確認みたいな……」
 俺が照れ隠しにそう言うと、ため息をつかれた。
「ところで」
 ノイズが体を起こし、テーブルの上のマグカップを手にとる。
「さっき練習したの、覚えてる?」
 ノイズに言われて、俺は慌てて記憶を巡らせる。さっき喋ったことを繰り返そうとするものの、頭のなかに残ってるのはぼんやりとした言葉の残像だけだった。
「やばい……もう全然覚えてない……」
 俺が呆然と言うと、さっきよりも長いため息をつかれた。
「……ノイズは一度で覚えられたのか?」
「だいたいは。まあライムの対戦ぐらいじゃボギャブラリー増えないから、それから後は独学だけど」

 ……って、やっぱ独学じゃねーか!!!!

 がっくりと俺がうなだれると、ノイズがクスリと笑い
「……これからは、俺が教えるから……」
 そう言った。
「……マジ……?」
「うん……やっぱりアンタがドイツ語できるようになったら、嬉しい気がする」
 俺の肩にノイズの手がまわされ、ゆっくりと引き寄せられた。
 チラリと後ろに目をやると、蓮とウサギモドキは寄り添って寝ていた。寄り添うというか若干蓮が押さえつけてるような感じもするけど……。

 安心して俺はノイズに身を委ね……俺たちはゆっくりとキスをした。
 軽く音をたてながら唇を食みあう。乾いたノイズの唇を俺の唾液で濡らし、舌でその弾力を味わった。甘くて柔らかいって感じじゃないけど……俺はノイズとのキスが好きだ。
 ノイズの唇がゆっくりと離れ、見つめ合えるほどの距離ができる。
 熱の篭った目で、ノイズは俺を見つめ、その唇が囁いた。
「……Er ist in dich verknallt……」
 ───え?
 ここはライムフィールドじゃない。だから、もうドイツ語はドイツ語で、意味が頭のなかに飛び込んでくることはない。
 でも……「わかる」。言葉はわからないけど意味はわかる。
 その証拠に俺の顔には血が昇って……心臓がバクバク言い始めている。
「ノイ……ズ……」
「Ich möchte mir dir schlafen」
 言葉とともに、ノイズの手が俺のシャツの裾をくぐって肌に触れる。
 少し冷たい指先がなぞるように動いて、乳首に辿り着く。
「ひ……ぅっ……!」
 ピリッとくる感覚にのけぞる。剥き出しになった首筋にすかさずノイズが舌を這わせる。
「あっ……あ!やっ……」
 くすぐったい。けどそればっかりじゃない。俺の体は熱くなって……パンツのなかのモノはこれだけで勃ちあがりかけていた。
 シャツの中に潜っていたノイズの手が、そのまま布を持ち上げ、俺に脱ぐように促す。
 俺が脱いでる間にノイズもシャツを脱ぎ、俺たちは上半身裸で抱き合った。匂いつけのようにお互いの肌を摺り合わせる。
 ノイズが少し体を離し、ソファーの背に俺の体を押し倒す。そのまま体を屈め、俺の胸に舌を這わせる。
「う……んんっ……」
 目を閉じて甘い感覚を追う。ノイズの舌は俺の乳首をゆっくり舐めあげ、転がしては吸った。もどかしい感覚に体の奥が疼く。
 ふいに、下半身に冷たい空気が触れた。
 目を開けると、ノイズの手がいつの間にか俺のスウェットパンツをずり下ろしていた。
 すっかり硬くなっている俺のアレが、触られるのを待つようにひくひく震えている……。
「う………」
 恥ずかしくなって顔を背けると、ノイズに頬を舐められた。もうどこを舐められても触られても、きっと俺の体は感じてしまう。
「Mir ist ganz heiß geworden ……」
 ノイズの囁き。
「ひっ………!」
 ドイツ語って……もっと厳しい響きの言葉だと思っていたけど……当たり前だけど、こんなときの言葉は充分に甘い。
 なんだろう……いつも以上にドキドキする……。さっきからドイツ語しか言わないノイズに、違う人のような緊張を感じているのかもしれない。
 そんなことを考えているうちに……ノイズの手が俺の勃起をくるみ、やんわりと扱き始める。
「あっ……あぅ……っ…」
「Ich möchte auch da angefasst werden……」 
 ノイズが熱っぽく囁きながら、俺の右手をとって自分の下肢へと導く。
 小さく頷いて、ノイズのアレをパンツの中から握る。
「熱……」
 手の中の熱と硬さは、それが俺のなかに入ったときの感覚をまざまざと感じさせて……触ってる俺のほうがなんだか興奮してしまう。
 ノイズが俺に顔を寄せ、そのまま自然に唇が重なる。
 お互いの熱を扱きながら、俺たちは舌を絡ませ、吸い合った。
「ふぅ……ぅぅ……ふ、あっ……」
 気持ちいいけど……ノイズの手は俺をイカせるために動いていない。昇りつめることのできない快感は、腹の奥に溜まるばっかりだ。 
 俺の手のなかにあるもの、熱くて脈打ってる……それが欲しい。
「は……ぁ……」
 俺はノイズを優しく制して、いったんノイズから離れる。
 半脱げだったパンツを脱ぎ捨てて、裸になった。
 リビングのソファーでやるには、大胆すぎる気もするけど……もうベッドに行くのも待ちきれなかった。
 ……そう、俺は大胆になっていた。
 いつもノイズがベッドのなかで俺をからかうと、それに俺は恥ずかしくなったり抵抗したくなったりするけど……いまは言葉がダイレクトにわからないぶん、気が大きくなっているのかもしれない。

 自分の二本の指をしゃぶって、尻の狭間に潜りこませる。
「んん……」
 唾液を塗りこんで、ゆっくり中指だけ挿れる。軽く抜き差しをして、そのあとなかで円を描くように動かした。刺激で息が詰まりそうになるのを抑えて……ゆっくり。
「……はぁ……あ……ぁ……」
 目を閉じて、なかの感覚に集中してると、ふいに俺の顎にノイズの指が絡んできた。
 顔を上向けられて、そのままキスをされる。
 「うん……ぅ……はっ……」
 ノイズのキスをうっとりと受けながら、俺は自分の体を開く行為を続けた。
 唾液がこぼれるほどのキスをしながら、自分でうしろの孔をほぐしている……。
 その姿を思うと、いやらしくて頭がクラクラした。

 指がなかで柔らかく動くようになった。そろそろ大丈夫かな……。
 俺は自分の指を抜いて、ノイズの耳元で「上になるから……」と囁いた。ノイズが目元を赤くして頷く。
 ソファーに座った姿勢のノイズの腰を跨ぎ、ノイズのモノを掴んで自分のうしろに宛がう。
 息を吐きながら、濡れたそこを先端に押しつける。
「んううう……っ…!」
 ゆっくり腰を落としながら、熱い塊をじりじり呑み込んだ。
 俺は両手でノイズの肩を掴んで、その圧迫に耐える。そうして息を逃しながら少しづつ……ノイズを受けいれる。
 ふいに、ノイズの右手が俺の尻にまわって、繋がった部分をくすぐるように指でなぞった。
「あ!あぁっ……!」
 俺が快感に怯んだ隙に、ノイズが腰を突き上げた。強烈な刺激とともに俺はノイズのモノを根元まで呑み込んでいた。
「は、ああ…ぁ…」
 衝撃に体が震えて、涙がにじんだ……。その目尻にノイズの唇が触れる。
「……Ist das in Ordnung ……?」
 響きからわかる。たぶん、これは労わりの言葉だ。……ノイズのやつ、最後までドイツ語で通す気らしい。
 でも、それでもいい。俺もたぶん、それで興奮している……。
 俺は大きく息をつき、ゆっくりと腰を動かし始めた。
 この体位は何度もしたことがあるから、お互いもう慣れている。俺が動くだけじゃなく、ノイズも動きを合わせてくる。俺が腰を落とすとき、ノイズは腰を突き上げる。
 粘膜を長く擦られて、深く突き刺さる感触が……震えるほど気持ちいい。
「あ、あぁ…ノイズ……ノ、イズ……っ…!」
 俺のなかを行き来するノイズのモノからも、たぶん先走りが漏れてて……それが俺のなかを蕩かしていく。繋がった場所から粘った水音がし始める。
「……Fühlt sich das gut an?」
 囁きに、体がブルっと震える。
 そして、いつもより大胆な気持ちになっている俺は……いつもよりも明け透けな言葉を口にする。
「いい……ノイズ、もっと……すごい……」
「………」
「そこ、そこがいい……そこ、もっ……と……」
 自分の言葉に煽られて、いっそう激しく、俺は腰を振った。背筋が……びりびりする……もうすぐ……イキそう……。

「そんなにいいの?」

 ふいに耳に飛び込んだ日本語に、体がビクンと跳ねた。
 飛びそうになっていた意識が一気に引き戻される。
「ノイ……ズ…?」
 霞む目でノイズを見ると、額に汗を浮かせながらも、ひどく挑発的な目で俺を見ていた。
「すげー乱れて……どうしたの?俺がドイツ語なのがそんなに悦かった?」
「そ……それは……」
 急激に顔に血が昇った。たぶん……いま俺は真っ赤になっている。
「それとも……俺以外の男とヤってるような気分になった?」
「違……!」
「ここ、もうこんなトロトロだし……エロい……」
「も、言う…なっ……」
 ひとつひとつの言葉が意味をもって俺の耳に届く。それは俺のなかを探るように弄るように──犯すように生々しく響いた。
「すげえ気持ちいい……蒼葉のなか……」
「ああ……ダメ…だ。ノイズ……ダメ……」
 俺は頭を振って、ノイズの言葉に抗った。でもノイズは俺の耳元に唇を寄せて
「もっといやらしいこと言って……」なんて囁く。
 背筋がゾクゾクとなって、なかが勝手に引き絞られる。
「あ……キツ……」 
 ノイズが眉根を寄せて息を吐く。その表情に俺はまた胸が鳴る。
 鼓動と一緒に快感がせりあがってくる……。
「ああ……ノイズ……俺、もうだめ……」
「……イキそう……?」
「ん………」
「俺のでイクって、言って……」
 言いながらノイズは俺の腰をつかんで、自分の腰を激しく叩きつけてきた。言葉の甘さと裏腹の、その獣じみた動きに俺は喉を鳴らしてのけぞった。
「ノ……ノイズの、ノイズのでイク……!ノイズの…気持ち…い……!」
 最後まで言い切ることができなかった。縋るものがなくなるような浮遊感に頭のなかが真っ白になって……。俺は泣きながら体を震わせて……イッた。

「アンタってけっこうムッツリだよな」
「……ムッツリなんて言葉どこで覚えたんだよ……」
 
 あれから──俺たちはベタベタになった体ををシャワーで洗い流して、いまはベッドのなかでノイズに後ろ抱きにされている。
「……本当に、他の男とヤってる気分になってた……?」
「なってねえし!!」
 俺は恥ずかしいしダルいしで、早く寝てしまいたいんだけど、ノイズはまだピロートークを楽しみたいらしかった。
「まあ……お前のドイツ語が新鮮で……ときめいたみたいなのは……あるけど」
 俺がボソリと言うと、笑い混じりの吐息が俺の首筋にかかった。
「今度さ……蒼葉もドイツ語でエロいこと言ってよ」
「はあぁ?!」
 あまりに突飛な提案に、俺は体を捩ってノイズのほうを向いた。
「そんなの知らねーし!だいたいどこで覚えるんだよ!」
「俺が教える」
「……お前、俺に何を言わそうとしてるんだよ……」
 想像したらなんだか恐ろしくなった。
 とんでもないスラングをそれと知らずに覚えさせられそうだ……。
「とにかく却下!却下です!」
 ぴしゃりと言ってみたけど、俺は心のどこかで思っていた。

 いつか──ベッドの中での睦言をドイツ語で言えるくらい、自然に喋れるようになれればいいって。
 そのときには、俺が感じたようなときめきを、ノイズが感じてくれればいいなと思った。
 
 そんなボギャブラリーは、いまの俺にはないけど。俺がいま言える言葉といえば……。

「……あのさ……ノイズ」
 俺は体を寝返らせてノイズのほうに向き直る。
「何……?」
 俺を見つめるノイズの顔は、フロアランプの淡い光のせいか、事後の気だるさのせいか少しあどけなく見える。
 俺の目を覗き込むように見ながら、俺の言葉を待っている。

 可愛いなって思う。
 好きだって思う。
 そして俺は、それを言葉にするために、ノイズの耳元に顔を寄せた。

「……Ich liebe dich……」
 

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