エーアステ
人は初めてのことを忘れることがないという。
確かにそうなのかもしれない。記憶に穴の多い俺の頭のなかでも、初めてのことはわりかし鮮明だ。
たとえば初めて父さんに会ったときのこと。
たとえば初めて蓮を拾ったときのこと。
たとえば初めて街の溜まり場で煙草を吸ったときのこと。
たとえば……。
だから俺は今日のことを一生忘れないんだろうと思う。
その日は俺にとって初めて尽くしの一日だったから。
碧島の空港は、元々は本土を行き来するだけの便しかなかったし、建物もこじんまりとしたものだった。
俺は飛行機に乗ったことはないけど、昔、島を出る紅雀を見送るときに行ったことがある。
二階建てのたいして高くもない展望台から、小さな飛行機が空に昇っていくのを
俺は手を振りながら見ていた。
その後に東江の介入があって、空港も大きく建て直され、国際便も発着するようになった。
もちろんその頃には、旧住民句の人間は近寄ることもできなくなっていた。
だから何年かぶりにその場所に足を踏み入れて、あまりの変わりように俺は言葉を失っていた……。
「はあー……」
「ため息、つきすぎ」
ピカピカの床や吹き抜けのエントランス、目に入ったものすべてにため息をつく俺に、ノイズは呆れているみたいだった。
「しょうがねーだろ。俺が知ってた空港とは完全別物になってるし」
別物といえば……いまノイズの隣を歩いてる俺自身もそんな感じになっていた。
今朝、ノイズから渡された新調したてのスーツ──サイズもぴっりだし着心地もいいけど、慣れない気持ちのほうが強い。正直、似合っているかどうかも自分ではわからない。
最初に鏡に映った自分を見たときは「誰だよ」って呟いてしまったほどだった。
これが普段着みたいに着こなせる日がくるんだろうか……。
俺は自分の胸元に目をやり、次いで隣のノイズのほうを見る。
ノイズのスーツ姿は、以前の姿が想像できないほどしっくりきていた。けど、ピアスとジャンクなアクセにまみれていた以前の格好が似合ってないかと言えば、そんなこともない。
たぶんノイズには気負いってものがないんだろうなと思う。
だからどんな格好をしていても自然な雰囲気になるんだろう。
俺の視線を感じたのか、ノイズが俺に目をやり「何?」と問う。
「いや……スーツ、似合ってると思って……」
ノイズは偏屈なように見えて案外素直だ。その影響か俺も最近は思ったことをストレートに口にするようになってきた。
けど。
「見惚れたとか?」
こういう返しをされるのには、やっぱりまだ慣れない。
「そういうんじゃねーし!…いやそうなのかな……?わかんね……」
俺がモゴモゴ自問自答してると、ノイズは笑いを吐息に乗せて「アンタも、似合ってる」と言った。
「マジ?」
「ああ。可愛いし」
「……お前な、それ褒め言葉になってないから!」
「アンタも、それ、喜んでるようにしか聞こえないから」
ぬけぬけ言われて俺は俯くしかない。
いまの俺はノイズに転がされっぱなしだ。以前はもう少し年上ぶれたんだけどな……。
搭乗手続きを済ませ、俺たちは他の客たちよりひと足早く飛行機に乗り込んだ。
なんでもファーストクラス待遇だから、だそうだ。
ファーストクラスが一番いい席、というのは知っていたけど、それがどの程度の格差のものなのか、俺は実際に見るまで全然わかっていなかった。
そこは座席というよりも、小さな個室が並んでいる……ように見えた。
女の人だったら二人ぐらい並んで座れそうな大きなシートは、背もたれから肘掛までパーティションに囲われていて、なんとなくゲーセンにあるコクピット筐体を連想させた。
しかも座席と座席の間隔がものすごく開いていて、広い客室にシートは10席ほどしかなく、さらにそのエリアにいる客は……どうも俺たちだけらしかった。
「……まさか…貸しきった……とか?」
おそるおそる俺が聞くと、ノイズは肩を竦め
「んなわけねーし。たんに客が俺たちしかいないだけ」と言った。
たしかにブラチナジェイルのゴタゴタで渡航する人じたいが少ないって聞いていたけど。それにしても俺たちだけっていうのは、なんか勿体ない気分だ。
俺がそんなことを考えている間に、ノイズはさっさと席に向かう。
俺たちの座席は客室のほぼ中央にあった。
ほとんどが半個室のような座席のなか、そこだけシートがふたつ並びになっていた。
背もたれをコの字に囲むような仕切りはあったけど、他の席に比べるとずいぶん開放的だ。
けど俺は少しホッとしていた。あの個室みたいな席も基地っぽくて面白そうだけど、ノイズの顔も見られないほど離れた席で、何時間も過ごすのはやっぱりちょっと嫌だった。
ノイズは右の、俺は左側の席に座る。
シートはほどよい固さで、ゆったりとして、足を伸ばせるスペースも充分にある。
風呂に浸かったみたいなため息を漏らして俺がつま先を伸ばしてると
「蒼葉。ここのスイッチ押して」
ノイズが指し示したのは肘掛の隣についているコントロールパネルだった。
「これ?」
言われるままにスイッチを押すと、座席の左側からパーティションがスライドして出てきた。ノイズの席は右側から。
そうして俺たちの席は目線の高さぐらいのパーティションに囲われた。
密室とまではいかないけれど、充分に個室……というか基地っぽい。
「お~~~」
年甲斐もなく、はしゃいだ声が出てしまう。
「すげー嬉しそう……」
ノイズが俺を見ながら呆れまじりの呟きを落とす。
「だってワクワクするだろ。こういうの。基地っぽくて!」
ムッとして俺が言い返すと、今度は苦笑まじりのため息をつかれた。
「基地とか……色気ねーし……」
「え?」
「普通クローズドにしたらこういう気分にならね?」
言いながら、ノイズが身を乗り出して……掠めとるようなキスをしてきた。
「ちょっ……!」
俺は慌てて身を引いて、あたりを見回す。パーティションといっても目線の高さまでしかないし、立っている人がいたら丸見えだ。
そして間一髪というか……その十数秒後に客室に乗務員──CAっていうんだっけ──の人が入ってきて俺は内心で冷や汗をかいた。
「本日はご利用くださりありがとうございます……」
CAが恭しく挨拶をする。それに軽い頷きで返すノイズのしれっとした表情を、俺は横目で睨みつけていた……。
それからの時間も初めての連続だった。
飛行機が離陸するときは、緊張で自分の手を握り締めてしまったし、「なんでこんな鉄の塊が飛ぶんだろ……」と呟いてノイズが「クッ」と笑いを堪えるのを聞いてしまった。
シートベルト着用のサインが消えてからは、やっぱり窓の外が気になって、窓際の席から空を眺めたりもした。
小さな窓の向こう、一面の青空と絨毯みたいな雲に俺が見入っていると、いつの間にかノイズが俺のすぐ後ろにいて、俺と一緒に窓の外に目をやっていた。
その表情は、なんの感慨もなさそうに平らかに見えた。
ノイズには、もう見慣れた光景なんだろうか。
その後の機内食は、俺が考えていたものをはるかに上回る豪華さだった。
飛行機の中だし、ワンプレート的なものを想像していたんだけど、ちゃんと一品一品、皿にきれいに盛りつけられた料理が出てきて、レストランのコースみたいだった。
ただ、前の晩にホテルの部屋で食べたルームサービスとは違い、CAさんに給仕してもらうのが少し窮屈に感じた。
ワイン注がれて「いかがですか?」と聞かれても俺にはいいも悪いも全然わからないし。
そして俺は、前日のルームサービスがノイズなりの気遣いだったことに気づく。
俺が気兼ねなく食事できるように、レストランでなくルームサービスにしてくれたんだって。
ノイズのほうを横目で伺うと、彼はスマートな手さばきでナイフとフォークを使って料理を口に運んでいた。
昨夜は椅子に片足立ててフォークだけで料理をつついていたのに。
なんかTPOがわかってるって感じだ。
俺もちゃんとマナーとか勉強しなきゃな……。
ノイズとどこに行っても堂々としていられるように。
食事が終った後は、一緒に映画を観たりゲームをやったりした。うっかり対戦ゲームを始めたら思いのほか白熱してしまった。お互いの実力が拮抗していて、そこにノイズの負けず嫌いが拍車をかけて、いまどきのゲーマーじゃ見向きもしないような古いゲームをうんざりするほど繰り返した。さんざん時間を潰したような気がしたけど、コイルを見るとまだ出発から4時間も経っていなかった。
ドイツまでの時間は10時間ちょっと。
あと6時間以上は飛行機の中だ。
まだまだ先は長いと感じたとたん、張り詰めていた緊張の糸が緩んだみたいだ。急激にだるくなって俺はため息をつきながらシートに深くもたれる。
「疲れた?」
ノイズの問いかけに
「んー……少し……」と返す。
「少し寝れば?」
「寝て大丈夫かな?時差的に」
「むしろ寝といたほうがいい」
「そうなんだ……」
俺が呟くと同時に、シートがゆっくりと倒されていく。ノイズがリクライニングのスイッチを押してくれたらしい。
ノイズも同じようにシートを倒し、俺たちは並んで横になる形になった。
横になると目線が変わって、シートを囲うパーティーションがいっそう高くあるように見える。
それがなんだかますます基地っぽいっていうか……子供の頃段ボールの箱に寝転がって天井を見上げてたときのことを思い出す。
俺がクスリと笑うと、ノイズが俺のほうに向き直る気配がした。
「何?」
囁くようなノイズの声。
「ん……なんか子供の頃のこと思い出してた」
「また基地みたいとか?」
ノイズに言い当てられて、俺は軽く笑いで返す。
「うん。なんか今日はすげーガキの頃の気分。たぶん、初めてのことが多すぎるからなんだろうな。ガキの頃って毎日がそんなだったし」
「………」
「いまも疲れたっていうよりは電池切れみたいな感じ?ほら家族で遊びに行ったりしてさ、わーってテンションアガリまくって、急にストンと落ちるみたい……な……」
言いながら、俺は内心で「しまった」と呟く。
子供の頃から自宅の一室に軟禁されていたノイズに、たぶんそんな記憶は、ない。
けれど「ごめん」と言うのも変な話だし、俺は結局言葉尻を濁して黙るしかなかった。
俺が黙ってしまうと、二人きりの客室はシンとなった。機体が静かに唸る音が聞こえてくるだけだ。
「俺は……」
ノイズの呟きが沈黙を破る。
「年に何回か…。どうしても家族揃ってないと体裁の悪いイベントとかあって…そういう時だけあの部屋から出ることができた。親はマジで体面だけは大事にしてたから」
少し驚いてノイズのほうを見ると、さっき窓の外を見ていたのと同じ無表情で天井のあたりを見つめていた。
「俺はあの家から逃げることを決めてたけど、うかつに逃げて失敗したらもう二度とあの部屋から出られないってわかってた」
ノイズの口調は淡々としていたけれど、俺の脳裏には、ノイズの心の中にあった暗くてぽっかりとした部屋が浮かんでいた。
「だから外に出るときは……黙って従ってた。親を油断させる必要があったし、情報収集もしたかったし」
ぽつぽつと語られるノイズの話。
それは何だか、とてもいびつなものだった。
年に何回か、部屋の外に出られるときだけ、ノイズは伸びっぱなしの髪をきれいに切り揃えられ、服を新調される。
そうして、自分に目線を合わせようともしない親と一緒に、大叔母や名付け親の招待する集りに出る。
「初めて飛行機に乗ったときも、初めてよその国に行ったときも、俺は何も感じなかった。気持ちがアガるとか、そういうの意味わからなかったし」
自分からは一切口をきかず、神経を研ぎ澄まして、ひたすら逃げ出すチャンスを伺っていた……それがノイズにとっての「家族旅行」だった……。
「でも」
言いながらノイズが上体を起こして、俺を見る。
「アンタの「初めて」を見てると、なんか楽しいっつーか……嬉しい」
それは、思いがけない言葉だった。
「飛行機にびびってるアンタも、空見て喜んでるアンタも、見てると嬉しくなる。本当の初めての時よりも……なんていうか気分アガる」
からかわれているんじゃないことは、ノイズの真摯な口調でわかった。
「だからアンタの初めては、俺の初めてみたいなもんなんだよ」
ノイズの言葉を聞きながら、俺もゆっくりと体を起こした。間近で見るノイズの目が訴えてくるもの……それは俺の体をじわじわと熱くしていく。
「お前だって……たこ焼きとかクレープ、知らなかっただろ」
精一杯虚勢を張っても、たぶん顔が赤いのは気づかれている。
「うん。美味かった」
呟くノイズの声が、ほんの少し子供じみて聞こえて、俺はそれにまた、胸が痛くなる。
胸が熱い……熱くて、痛い。
そうだ。
俺も、あのとき、たこ焼きもクレープも知らないノイズを可愛いと思ったし、初めての人間と一緒だと食べ慣れたものも新鮮に感じた。
それは誰しも感じることなのかもしれないけど……たぶんノイズにとっては、ずっとずっと意味のあるものなんだろうと思った。
「俺もアンタも、まだやってないこととか知らないこといっぱいあるよな」
「ああ……」
「これからの「初めて」は、アンタと一緒にやるんだな」
「………!」
当たり前のように、確約のように呟かれる言葉。
ノイズはこの先の「初めて」を、それを重ねる人生を、俺と共有するって言ってくれている。
ああ。
どうしよう。やばい。
俺はこの男が好きだ。どうしようもなく……愛しいと思う。
「ノイズ……」
胸が詰まって、呟く声が震えてしまう。
俺たちの座席を隔てる肘掛に手をついて、俺は乗り出すようにノイズに身を寄せた。
鼻先が触れるほどまで近づいても、ノイズは目を閉じずに俺を見つめている。
「いいの……?」
からかうような囁き。さっき人目を気にして慌ててたんだから、言われてもしかたがない。
でも、もういい。見られてもいい。
「ノイズ……」
もう一度小さく呟いて、俺はノイズに唇を寄せる。
温もりと弾力。唇にかかる吐息。一瞬離れて、さらに深く重なり合う。
「ん………っ……」
ノイズの手が俺の肩にまわり、強く引き寄せられる。俺もノイズの背に手を回した。
もっと全身で抱き合いたいのに、肘掛とコンパネの隔てる距離がそれを邪魔している。
「………っ!」
ノイズが忌々しそうに舌打ちして、いったん離れる。そしてあろうことかコンパネをまたいで俺の席に乗り込んできた。
「ちょっ……!」
さすがにこれには少し慌てる。けどノイズはそんなのお構いなしに俺に覆いかぶさってきて、さっきよりずっと性急なキスをしてくる。
「ん!んん……っ…ん」
ノイズの腕の中で俺はもがき、なんとかわずかに唇を離した。
「待てって……!これ以上はまずいだろ!いくらなんでも」
声を潜めながら抗議するも
「アンタが誘ったんだし」
しれっとかわされる。
「お前……まさかとは思うけど、そういう性癖なの……?」
「そういうってどういう?」
「つまり、その……人のいる所のほうが興奮する的な……病室とか」
俺が俯きながらそう言うと、耳元にノイズの短いため息がかかる。
「それならアンタのほうが、いつもよっぽど興奮してたと思うけど?」
「いやいや!そんなことないし…っ…」
俺の反論は、ノイズの唇に塞き止められる。
唇の間を割って、ノイズの舌が入り込んでくる。咥内の粘膜を熱い舌が撫でていく……。
「ふ……ぅ……ん……」
われながら他愛もないと思うけど、俺は正直キスに弱い。
普段はあまり気にしないけど、こういうキスをされると、粘膜はやっぱり敏感で、感じる部分なんだと知らされる。
まるでセックスみたいに、ノイズの舌が俺の唇の間を出入りしていく。腹の奥がゾクゾクして、だけどもどかしくて、ノイズを押しのけようとしていた俺の手はいつの間にかノイズの肩を引き寄せるように掴んでいた。
いったん離れたノイズの唇が、笑みの形になる。
「……勃ってる……」
「え………?!」
下半身に意識を向けると、ズボンの中で俺のアレはガチガチになっていて……俺に覆いかぶさるノイズの腹に当たっていた……。
キスだけでこんなになるとか……。
俺が恥ずかしさに顔を背けると、頬にキスが落とされる。
「俺も……おんなじだから……」
囁きながら、ノイズが俺の太腿に自分の腰をすりつけてくる。確かに布越しにでもわかるほど感触が、固い。
そして、その固さを意識しだけで……腹の奥が痺れるように疼いた。
「…………」
欲望を確実に感じながら、俺がまだ逡巡していると
「……大丈夫。次の食事まで一時間以上あるし……」
言いながら、ノイズの手はもう俺の体をまさぐっている。
「本当に……大丈夫…かな…?」
「うん」
どうにもあてにならない言葉だと思いながら、もうお互いに止められないこともわかっていた───
こんな空のてっぺんで、飛行機の中で、俺たちはなんてことをしてるんだろうと思う。
俺は倒されたシートにうつぶせになって、ブランケットに顔を埋めながら呻いていた。
備え付けのアメニティポーチの中に乳液があって、ノイズはそれを指に垂らして俺の後孔をほぐしている。さすがに服を脱ぐわけにはいかないから、ズボンをほんの少しずらしただけだ。けど、ひとつのシートに男が二人重なり合っている図なんて、どう見たって言い逃れできるものじゃない。
「うっ……く、ぁ……」
できるだけ声を殺そうと、俺は唇を噛み締める。けれどこのありえない状況に全身が敏感になっていて、わずかな指の動きにも、体が過剰に反応してしまう。
それはノイズも同じらしい、俺の体に触れているだけなのに、首筋にかかる息がいつもより荒い。
「アンタのなか……いつもより熱い……」
ノイズの声も、さすがにひそやかだ。でもそれがいやに甘く聞こえて、腹の奥がキュッとなる。それと同時にノイズの指が俺の弱いところを抉って、電流のような刺激が駆け抜けた。
「あ……!!ぁ……っ」
俺が堪えきれずに小さく叫ぶと
「静かに」
たしなめるような喜んでいるようなノイズの声。
「無理……っていうか…も、挿れて……いい」
うわずる声で、俺はなんとかノイズに訴える。
「大丈夫…?」
「平気……っていうか、指のほうが刺激強すぎて、かえって声、でるから……」
「…………」
無言でノイズの指が抜かれ、背後でベルトを緩める音がする。
それを聞いているだけで心臓が破裂しそうにバクバクする。
どうしよう……。本当にこんなところで挿れられちゃうのかな、俺。
CAの人が入ってきたら……見られてしまう。男のアレを尻で咥えこんでいるところ……。
たぶん俺の顔は真っ赤で、涙目で、バカみたいにトロトロになってる。
考えれば考えるほど、全身が熱くなって震えた。そして、俺はそれが逡巡ではなく期待であることに気づく………。
ノイズの両手が俺の尻にかかり、狭間を割られる。
剥き出しになった中心に、ノイズの熱い塊があてがわれて……捻じ込まれる。
「ん……!!んん……うぅ……っ!!!」
目の前がチカチカするような衝撃を、俺はブランケットを握り締めながら耐えた。
落ち着かない場所のせいか、ノイズもいつもよりちょっと性急だ。でもこの強引さも、なんだか、悦い……。
俺の背に覆いかぶさるようにノイズがのしかかり……やがて動き始めた。
「っ……、く…っ…ぅ」
大きい抜き差しではなく、腰を密着させたまま小刻みに揺さぶられる。
いつもと違う感じが、気持ちいいけど……少しもどかしい。
ノイズも同じことを感じたのか
「アンタも……腰、使って……」
荒い息とともに囁く。
「ど、どう……やって……」
自分が上になってるときならできるけど、この体勢でどうやっていいかなんてわからない。
「こういうふうに……前後に……」
ノイズが片手で俺の腰骨のあたりを掴み、動きを促すように揺すった。
「う…あぁ……」
それだけで甘い声が漏れてしまう。
俺は左手で自分の口を塞ぎながら、なんとかノイズの求めるように腰を動かした。
「あ……これ……い、いい……」
お互いを練りこむような動きは、まるで金属の共鳴みたいにジンジンと腹の奥に響いて──拡がっていく。
「俺も……いい……すごく……」
歯を食いしばるようなノイズの呻き、ノイズも限界が近いのかもしれない。
いつもより早い、と思ったけど、それは俺も同じだった。やっぱりこのせっぱつまった気分が刺激になってるんだろう。
「蒼葉……イクとき、イクって……言って……」
俺を揺さぶりながらノイズが言う。俺はわけもわからず、ただ無言で頷く。
「ぁ、……っ…は、ああ…っ……うっ……!」
体の奥から、「何か」がこみあげてきて、そのまま押し上げられる……。
「あ、ノイズ…!イク、も、イ…ク……ぅ……!」
声はもう抑えることはできなかったけど、せめて響かないようにと俺は両手で口を覆った。
そのときノイズの右手が俺の前に回ってきて、爆発寸前の俺のアレは何かの布にくるまれた。
それが何なのか……考える余裕もなく、俺は体を震わせてそこに精液を吐き出していた……。
「……っ…く、あ……!」
少し遅れてノイズも達したようだった。俺の肩口に額を強く押しつけながら体を震わせる。そして二、三度大きく揺さぶられて……俺のなかに熱いものが拡がっていった。
「あ……なか……」
こんなところで、中に出されてる……と意識したら、イクのとは違う快感がぶるっと体のなかを駆け抜けた……。
静かな機内にふたりの荒い息が響く。
俺たちはしばらく繋がったまま、互いに息が整うのを待った。
少し経って、ノイズがゆっくりと俺のなかから出て行く。すぐに閉じない孔からノイズの出したものが零れそうになったけど、すぐさまノイズがティッシュをあてがってくれた。
「ありがと……」
俺がヘロヘロの声で言うと
「悪かった……中に出して」
少しバツが悪そうなノイズの声。
「いや……スーツにぶっかけられるよりマシだし……」
そう言って笑ってやった。確かにちょっと処理が面倒だけど、トイレ行けばいいし。
とりあえずズボンをあげようと、上体を起こす。自分の下半身に目をやって俺は目が点になる。
俺のアレをくるんでいた布は、ハンカチだった。
そっと指でつまむと、当たり前だけどそれは俺の精液でベトベトだった。
シルクってやつなんだろうか。普通のハンカチより少し厚めで、光沢がある。見るからに高そうなハンカチだった……。
「これ……お前のハンカチ、だよな……」
「ああ、うん」
なんでもないような口調のノイズ。
「なんでこんなの使うんだよ!ティッシュでいいだろ!」
「ティッシュだと、たぶん漏れてた。スーツ汚れたら困るし」
「そりゃ…そうなんだけど……ダメにしちゃって悪いつーか……」
申し訳なさに俺が俯くと、ノイズは俺の手からひょいとハンカチを取り上げる。
「別に洗えばいいだけ。ハンカチってそういうものだろ」
「そうなの……?」
「そう」
こういうときに、俺はノイズの育ちのよさというか紳士的なものを感じる。水たまりにハンカチを敷いて女の人の靴汚さないようにするみたいな……全然違うけど。
俺がイッた直後のぼんやりした頭でそんなことを考えていると、ノイズが俺を見てクスリと笑った。
「な、何?」
「いや……アンタ飛行機の中でやったことある?」
何を言い出すんだコイツは!
「ねえよ!つか飛行機乗ったのも今日が初めてなのにあるわけねーだろ!!」
「俺も、初めて」
「初めてじゃなかったら怖いっての」
あまりにバカなやりとりに呆れた声が出てしまう。なのにノイズは嬉しそうに
「ふたり一緒の初めてだな」なんて言う。
「ったく……」
バカだと思うし呆れるけど。
「……一生忘れねーよ。こんなの」
俺もいつの間にか、笑ってしまっていた──
「蒼葉、起きて」
ノイズの声と、優しく肩を叩かれる感触。
目を開けると、ノイズが俺の顔をのぞきこんでいた。
「ん……何……?」
ぼそぼそ言いながら俺は目をこする。
あれから──身づくろいをして、複雑な気分で食事をして。
その後、本格的に疲れて俺は眠ってしまっていた。
コイルを見ると時間は、あと一時間ほどで到着というところだった。
そろそろ降りる準備とかしたほうがいいのかな……と俺が思っていると、ノイズが俺の手を取り窓際のほうへ引っ張って行く。
「外」とだけ言ってノイズが窓を指差す。
言われるままに窓に顔を近づけて──俺は息を呑んだ。
神様のいる世界ってこんなんじゃないだろうか───
絨毯みたいな雲は、夕陽の色に染められて金色の輝いている。昼間にはよく見えなかった雲の陰がくっきりと浮かんで海にも似てると思った。
空は薄青から金色のグラデーションを描いていて 遠くのほう、空と雲の境目は濃いオレンジ色だ。
それは世界の端をふちどるテープのようにも見えた。
「きれいだ………」
思ったことが零れるように言葉になった。本当にそれ以外のことが言えないほどきれいだった。
「本当に……きれいだな」
俺の横でノイズが、そう呟く。
目をやると、ノイズも俺と同じ景色を見ていた。わずかに目を細めたその表情は、確かにノイズのなかに感動があることを伝えていた。
「でも、お前は……この景色見たことあるんだろ」
「ああ」
「やっぱり日によって景色って違うもの?」
「そうでもない。まったく同じってわけじゃないけど、雲の上は天気によって変わることがないし。いつもこんなふうには見える」
「そうか…そう言われればそうだよな……」
雲の下の空や海は天気によって、きれいだったり残念だったりするけど、ここはいつも変わることがないんだ……。 なんだかそれもこの世のものじゃないみたいだ。
そんなことを思いながら、俺が窓の外に目を向けていると
「でも今日が一番きれいだ」
ぽつりとノイズがそんなことを言う。
「え?だって変わらないんだろ?」
「そうだけど。俺がそう感じたから」
「なんだよ。それ」
笑いながらそう言ったけど、理由は俺にもわかっていた。
ふたりで一緒に見ている景色だからだ。
俺は大概世間知らずで、ノイズもいろいろ欠けてて。
だから俺たちには、これから初めてのことがいっぱいあるだろう。
それはいい事ばかりじゃないかもしれない。
でもノイズが痛みを面白がれるように、ふたりでならそれも楽しむことができるんじゃないかと思う。
俺は黙ってノイズの手を握り、そっと肩を寄せた。
ノイズも何も言わず俺の手を握り返す。
そのとき機内に着陸の準備告げるアナウンスが流れた。
もうすぐ飛行機はドイツに到着する。
ノイズが生まれた国、俺がこれから暮らす国。
そして。
俺とノイズがこれからたくさんの「初めて」を重ねる国へ───
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