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2012年10月15日 (月)

紅になる

 言おうか言うまいか、迷っていた───

 紅雀が窓を開けると、篭った部屋の空気を押し出すように、少し冷たい夜風が入り込んでくる。
 酔いにほてった頬に気持ちいいんだろう。紅雀は目を閉じて、楽しむように風を顔に当てていた。
 その横顔はとても機嫌が良さそうで……俺が何も言わなかったら、たぶん、このまま、「そういう」事をする流れになるんだろうと思う。
 それでもいい、という気持ちが半分。胸の中の小さな淀みを掃いたい気持ちが半分。
 針はどっちつかずでユラユラと揺れていた。そしてその針をほんのわずか、後者に振らせたのは、当の紅雀だった。
「ん?どうした蒼葉」
 気がつけば、俺は立ち尽くしたまま、じっと紅雀を見つめていた。自分がどんな顔で紅雀を見ていたのかわからない。けど紅雀は、俺の顔を覗き込むように小首をかしげ
「なんだ?そんな物言いたそうな顔して」と言った。
 紅雀は、やっぱり鋭い。そんなこと言われたら俺はもう黙っていることなんかできない。
 俺は紅雀の隣に立ち、木の窓枠に背を凭れさせた。
「あのさ……さっきの事なんだけど……」
 紅雀を少なからず傷つけることを承知で、俺は重い口を開けた。

 話は数時間前にさかのぼる。

 この日、仕事が終わってから俺は紅雀と落ち合い、二人で小さな居酒屋へと足を運んだ。
 そこは紅時雨のメンバーの一人、萩馬が父親と開いた店だった。
 以前の翠島では、借金をして店を開こうなんて考えもしなかったと萩馬は言ったそうだ。
 確かにあの頃の翠島は、先の見えない閉塞感があった。
 俺を含め旧住民区の連中は、それなりに気楽に「いま」を楽しんでいたけど、それは刹那的で、俺たちはどこかで投げやりになっていたんだろうと、いまならわかる。
 東江の支配から抜け出して、みんなが未来を思い描けるようになったことを、こうして少しづつ実感する。

 そんなわけで、俺と紅雀は開店祝いに萩馬の店を訪ねた。俺は、紅時雨とは挨拶程度の間柄だったけど、あの一件以来、メンバーとは軽口叩いたり、時には一緒にメシを食うぐらいのつきあいにはなっていた。
 紅雀とのことは……一応、伏せてある。
 別に男同士がつきあうのは、そんなに珍しいことじゃないけど、「チームの頭とつきあっている」という事をあいつらが重く捉えて、俺と一線を引くようになったら嫌だと思ったからだ。
 紅雀もだいたい同じ考えで、俺たちは紅時雨の中では、相変わらず幼馴染みのままだった。

 店の戸を開けると、中はお客でいっぱいだった。よく見れば見知った顔ばかりで……つまり紅時雨のメンバーで埋まっていた。みんな開店祝いに駆けつけたんだろう。
 紅雀が戸をくぐると同時に、メンバーが酔いに浮かれた声で一斉に挨拶を寄こしてきた。
「紅雀さん!こんばんは!」
「紅雀さんお先に失礼してます!」
 その喧騒を割るように
 「あ!紅雀さん!よく来てくれました!」
 声のする方を向くと、割烹着を着た萩馬が嬉しそうにカウンターから身を乗りだしていた。
「おう。いい店だな」
 紅雀も自分のことのように嬉しそうに目を細めた。
「おかげさまで!店は居抜きですが、味には自信アリです。と言っても料理長は親父ですけど」
 照れくさそうに萩馬がそう言うと、カウンターの奥で萩馬によく似た親父さんが小さく会釈した。
「とりあえず紅雀さんと蒼葉さんは奥へ!ちゃんとお二人の席を用意しておきました!」
 促されるままに、奥へ行くと、二人掛けのテーブルがきちんと空いていた。
 先を歩いていた紅雀が、椅子を引いて……腰掛けるのかと思ったら
「ほら、蒼葉。ここ座れ」
 椅子の背もたれを掴んで、俺に手招きをした。
「……え……?」
 思わず間抜けな声が漏れてしまった。
 これって……俺に椅子を引いてくれたってことか……?
 男が男に椅子を引くとかって、アリなのか?
 普通、こういうのってデート中の男が女にするもんじゃないのか?
 俺は頭の中で猛然と映画やテレビで観る「そういう場面」を思い描いてみたけど、やっぱり男が男に椅子を引く場面なんて思い至らない。
 でもレストランのウエイターが客に椅子を引いたりはするか……。
 紅雀は髪結い師だし、客に椅子を引くなんて毎日のことだろう。
 仕事の癖がフッと出たりしたのかもな。
 俺はそういう結論に一人で達して、紅雀が引いてくれた椅子に座った。

 そのあとは、二人でお銚子を頼んで、互いに酌をし合って飲んだ。
「紅雀。そんな注ぐなって。俺あんま強くねーし」
「今日ぐらいいいだろ。いっぱい飲むのが祝儀代わりじゃねえか」
 そこへ、殻ごと焼いた海老が運ばれてきた。
「おっ。こりゃ美味そうだな」
 紅雀はそう言うと、器用に箸だけで海老の頭を取り、殻を剥いた。
 そして湯気をたてる海老の身に、ニ、三回息を吹きかけて……それを俺の小皿に乗せた。
「…………」
 俺は、なかば絶句して小皿の上の海老を見つめていた。
 ……やらないだろ。これは、普通。
 婆ちゃんだって、俺が子供の頃にしかこんなことやってない。
 男が、大人の男の食べ物をフーフーとか……ありえない。
「どうした?蒼葉」
 俺が箸を取らないのを見て、紅雀が言う。
「いや……」
 言いながら、俺は横目でカウンターの方を見る。萩馬は忙しそうに立ち回っていたし、他のメンバーも酔いに任せて騒いでいて、こっちを見ている気配はなかった。
 俺は少しホッとして、箸をとった。
「あのさ……恥ずかしいからやめろよ。こんなこと」
 俺が海老を食べながら、紅雀を上目で睨むと
「何でだよ?お前ガキの頃から、こういうの食べるの苦手だったろ?」
「そりゃ、そうだけどさ……」
 でも。
 大人になって紅雀と再会して、何度も一緒にメシを食うことはあったけど、こんなことはされていない。俺が魚の身を不器用にほじくっているときに「下手だなあ」と目を細めることはあってもだ。
 いまの行為には、やっぱり恋人への「甘やかし」があると思った。そして俺は……それを「嬉しい」と感じるより先に「居心地が悪い」と思ってしまった。

 もうひとつ───極めつけになったのは。
 二人で店を出て、ネオンと酔っ払いでさざめく通りを歩いているとき。
 前の方から、泥酔レベルの二人組が笑いながら歩いてきた。どちらも髪がまだらで、異常なほどの腰パンだった。どこからどう見てもチンピラですという風情だ。
 俺たちはそのとき並んで歩いていた。けれど紅雀はその二人を見て、小さく舌打ちをして……さりげなく、俺の前に立った。
 それはまるで、チンピラの目から俺を庇うような所作に見えた。実際そうなんだろう。そしてそれに、俺はひどくショックを受けていた。
 女だったら、たぶん嬉しいんだろうと思う。だけど俺は女じゃない。

 俺は紅雀に庇われたくなんかない────

「俺は紅雀にそんなことされたくない」
 胸のなかの言葉を少しマイルドにして、俺はそれを声にした。
 けれど、やっぱり紅雀は困ったような顔をして俺を見ていた。何か言おうと開いた口をまた閉じ、そしてため息をついて俯いた。
「……蒼葉。いいかげんわかってくれよ」
 俯き、右手でうなじをさすりながら紅雀が言う。
「何を」
「男が惚れた相手を甘やかさないで、いつ誰を甘やかすって言うんだ」
「いっ………!」
 またコイツは、抜け抜けとこんなことを……。
 俺は顔に血が集まるのをごまかすために、わざとぶっきらぼうに言う。
「別に甘やかされたくないわけじゃないけど……人目があるだろ」
「なんか無意識にやってたんだよなあ……。それだけお前に夢中ってこと……」
「あー!いまそういうこと言うのナシの方向で!」
 俺は紅雀の言葉を遮るように眼前で両手を振った。  
 このままじゃ紅雀にほだされて終わってしまう。
 口をつぐんだ紅雀は代わりにため息を吐き出し、俺も一緒になってため息をつく。
「お前……やっぱり男とねんごろになってるの知られたくないか?」
 紅雀がぼそりと言う。ねんごろって……また古風な言い回しだな。でもいまはそれをツッコんでいる場合じゃない。
「それはない!絶対に。ただ、本当に……女みたいにされたくないっていうか……」
 俺の呟きに紅雀は少し目を丸くして、次いで笑む形に目を細めた。
「ああ……そういうことか」
「え……?」
 紅雀は俺の頭にそっと手をやり、髪を撫でる。そのまま手を滑らせて、いまは剥きだしになった俺のうなじに手を添えた。
 くすぐったさに俺が首を竦めると、手は肩に伸び、そのまま軽く引き寄せられる。
 紅雀の顔が間近に来る。
「つまり、だ。俺がお前を甘やかすと、俺が女にしてきたことを思い出して嫌だってわけなんだろう?」
「……え……?」
 そうなんだろうか。
 何か違うような気もするけど、それが確かに一番しっくり来るような……。
 ていうか俺、自分でもよくわかってないのかよ……。
 ただわかるのは──モヤモヤが依然晴れずに居座っていることだ。
 俺が頭の中で自問自答している間に、紅雀は俺を抱きこみ、耳元に唇を寄せた。
「そのへんは、もう勘弁してくれよ。いまは女遊びはしてねえし、お前さえいてくれれば、俺は何もいらねえんだ……」
 言いながら紅雀の手が俺の背を滑り降りて、シャツの裾をくぐる。
「それにもう……人目のあるところで、そんなことしねえからさ……な?」
 少し汗ばんだ大きな掌が、俺のわき腹に触れた。
「……っ……」
 俺が息をつめ小さく身じろぐと、紅雀の笑い含みの吐息が耳にかかる。
「……蒼葉……」
 囁きの甘さは、もうさっきまでの話し合いが終わっていることを告げていた。そして紅雀はすでに「そういうこと」を始めようとしている。
 でも、俺はまだ終わっている気がしていない。どこかで何かが引っかかっている。
 こんな気分のままでセックスは……したくない。
 それにこのままセックスして終わってしまったら、もうこの話を蒸し返すことはできない気がした。
「紅雀……やめろよ」
 甘さを含まない口調で俺は言い、紅雀の体を軽く押し返した。
「蒼葉……?」
 惑いに紅雀の手が緩む。その隙に俺はその手を掃い、逃げるように紅雀から数歩離れた。
「蒼葉……どうしたんだ……?」
 紅雀は、呆然と、そして途方に暮れたような表情をしていた。当然だ。俺はいままで紅雀の求めを、こんなふうに突っぱねたことはない。
「ごめん……自分でもよくわかんないんだけど……なんか、いまは、したらダメな気がする。ちょっと考える時間欲しい」
 言いながら、俺はベッドに放ったジャケットを取って、朝の支度のような早さで袖を通した。
「今日は……帰る。ホント、マジでごめん……!」
 傷ついた紅雀の顔を見たくなくて、俺は振り返ることもせず紅雀の部屋を飛び出した。
「蒼葉!!」
 背中にかかる紅雀の声から逃げるように、俺は止まることなく夜の街を走り続けた。

「はあ………」
 昼前の時間、客のいない「平凡」の店内。
 俺はカウンターに突っ伏して、何度めかわからないため息をついた。
『蒼葉、あまりそのような呼吸はよくない』
 カウンターの上の蓮が、小さな前足で俺の肩を叩く。
「え……そうなの?」
『ため息の数だけ幸福は逃げていくそうだ』
「あー……」
 リアクションに困って、俺は間延びした声で返事する。
 
 昨夜──家に帰ってから、いままでの時間、紅雀からの連絡はない。
 朝起きて、コイルに着信履歴がないことを確認して、俺はホッとすると同時に不安にもなっていた。
 昨夜の紅雀の傷ついた表情を思い出して、少し胸が痛む。
 やっぱり、あのまま小さなモヤモヤなんて流して、紅雀とセックスしてしまえばよかったんだろうか。……俺だって、したくないわけじゃなかったし……。
 けど、あのまま無かったことにしようとしたら、後々もっと厄介な気持ちを抱えるような予感がしてた。
「面倒くせえなー……俺」
 小さく声に出して呟く。
 そのとき───
 左手首のコイルから、メール着信のメロディが鳴り響いた。
 俺は跳ねるように上体を起こして、大慌てでメールをチェックする。
 やっぱり──紅雀からだった。
「件名: あれから色々考えたんだが」
 モニターに浮かび上がる文字を見て、俺は急に緊張してきた。
 大きく息をひとつついて、汗ばむ指でアイコンに触れる。
 メールが開き、テキストが表示される。そこには──

「件名: あれから色々考えたんだが

 昨日はすまなかったな。
 たぶん……俺は自分でも気づかないうちに、相当色ボケてたんだろうなと思う。
 だからお前を嫌な気持ちにさせちまったんだろう。
 俺は今まで女遊びはそこそこしてるが、男とつきあうのはしたことがねえ。だからそっちの手練手管が女に対するそれになっちまってたんだろうな。
 けどな。じゃあお前がどうしたら喜ぶのか、どうしたらお前を嫌な気持ちにさせないのか。
 そう考えると急にわからなくなるんだ。
 不思議なもんだな。お前とこうなる前は自然にそうできてたはずなのに。 
  いまの俺たちは、少し頭を冷やしたほうがいいのかもしれねえ。
 頭冷やして、シャンとさせて、俺たちが互いに心地のいい匙加減みてえなものを考えてみるつもりだ。
 そんなわけでしばらく連絡を断つが、お前のことはいつだって大好きだぜ

 紅雀 」
 
「…………」
 俺は何度もその文面を目で追い、読み返すたびに胸が痛くなった。
 紅雀は、やっぱり大人で──いい男だ。
 思い返せば、駄々をこねてるようにしか聞こえない俺の言い分を、ちゃんと聞いて、噛み砕いて、考えようとしてくれている。
 いますぐ紅雀に電話して、謝って、俺も大好きだって言いたい。
 でも、それはできない。
 頭冷やして、考えなきゃいけないのは、俺のほうだから。
 
 俺たちの関係は、何度もその形を変えている。

 ガキの頃は──紅雀はとても大きな存在だった。
 いま思えば年相応だったんだろうけど、背は見上げるほど高く感じていたし、俺を引く手はすごく大きく温かかった。俺の記憶の中の紅雀はいつも笑っていた。紅雀といれば何も怖いものはないとまで思っていた。

 一度本土に行った紅雀が、また翠島に戻ってきて──俺たちは「友人」になった。
 俺たちはお互い大人になっていて、体格はいまもそれなりに違うけど、あの頃のように紅雀を大きいとは思わない。
 だけど、あの頃より紅雀を近しく感じるようになった。バカを言い合ったり酒を飲んだり、だけど部屋の中でお互い黙っていても間が持つ居心地のよさがあった。

 そしていまは……「恋人」ってヤツだ。
 この言葉の意味を胸の中で転がすたび、俺はいまだに「わーっ」て叫びたくなる。
 恥ずかしくて、くすぐったくて、だけど奇跡のように尊くも感じる。
 たぶん、恋人の俺たちは、まだ安定していないんだ。
 ずっと紅雀に感じてきた安らぎと、いままで感じたこともない昂ぶりが、スイッチが入るみたいに点いたり消えたりしている。
「互いに心地のいい匙加減……か」
 そうひとりごちた時、店にお客が入ってきた。
 慌ててモニターを閉じて、俺は接客モードになる。

 紅雀の言うように、俺も頭冷やして考えなきゃな……。

 それから一週間が経った───
 その間、本当に紅雀は一切連絡をしてこなかった。紅雀と恋人になってから、こんなに会わないのは初めてだった。
 当然、紅雀の部屋に行くこともなく、俺は慎ましく仕事が終わると家に直行していた。
 最近は週の半分は紅雀のところに泊まっていたので婆ちゃんには「喧嘩でもしたのかい?」とか言われるし……。笑ってごまかしたけど全然ごまかせてないような気もする……。
 頭を冷やすのが目的で距離を置いてるのに、逆にどんどん頭が沸いてるような気がしている。
 昨夜は……体がほてって眠れなかった。自分で一回処理したけど、目を閉じると紅雀のあのときの顔や汗に濡れた肌や……そんなものが浮かんできて、俺は何度も寝返りを打って体の奥の疼きをやり過ごした。
 寝不足のまま朝を迎えて、仕事に行き──いまはカウンターで生あくびを噛み殺している。
 「平凡」がもっと忙しければ忙殺で気が紛れたかもしれないのに、アレコレ考えてしまう程度には店は暇だった。
「紅雀……」
 こっそりと呟いてみる。
 会いたい、と思った。
 少し目尻の下がった笑顔や、俺の名前を呼ぶ低い優しい声。黒い艶やかな髪、綺麗な指先、挙げていったらきりがない紅雀の好きなところ。
「会いたい……」
 気持ちが呟きになって漏れていた。カウンターで丸くなっていた蓮がピクリと耳だけ立て
『そんなに会いたいなら連絡すればいいのではないか?』
 尤もなことを言う。
 蓮もベニも、俺たちの関係を知っている。元々オールメイトは性別があって無いようなものだから、男同士ということに引っかかりはないらしい。ただ意外という気持ちはあるらしく、ベニにはたまにそのことでからかわれたりもする。
「うん……そうなんだけどさ。まだ自分の気持ちに整理がついてないっつーか……。なのに会いたくなったから会うじゃグダグダすぎるだろ?」
 頬杖をつきながら俺がそう言うと、蓮は立ち上がり俺の目の前に座りなおした。
『一度会って話したほうが一人でいるより考えが整理されるのではないか?』
「あ……」
 そうか、そういう考えもアリか……。
 なんだかフッと胸が軽くなるのと同時に、目の前で俺を見つめる蓮の大真面目な表情に俺はおかしくなった。
 蓮に恋愛相談に乗ってもらう日がくるなんて夢にも思わなかった。
「ありがとうな、蓮」
『どういたしまして』
 メンテ後じゃないけど感謝の気持ちを伝えたくて俺の自分の額を寄せて、蓮のそれにくっつけようとした──そのとき。
「蒼葉さん!!」
 ドアが勢いよく開く音と切羽詰った声が同時に飛び込んできた。
 慌てて顔をあげると、それは見知った顔だった。紅時雨メンバーの、コウだ。
「コウ?どうしたんだ」 
 荒げた息を整える間も惜しいのか、コウは飛び込んできた勢いそのままでカウンターまで走り寄ってきた。
「大変なんです!蒼葉さん!あっ!蓮!」
 言うなり、コウはカウンターの上の蓮を両手で抱きかかえ、そのまま頬ずりをし始めた。息が荒いから微妙に怪しい雰囲気になっている。
「えーと……何しに来たの?」
 俺がやや呆然として言うと、コウは我にかえったように顔をあげた。
「そうだ!蒼葉さんに一緒に来て欲しいんです!」
 蓮がうるさそうに眉根を寄せるのを、俺は見てしまった……。

 あがりの時間が近かったので、羽賀さんが戻ってくるまで少し待ってもらって、それから俺たちは店を出た。
「それで、どこへ行こうとしてるんだ?」
 小走りのまま俺がコウに訊ねると
「萩馬の店です」
「何で?!」
「ちょっと前から萩馬の店によそのチームの奴らが来るようになって……料理に文句言ったり、他の客に絡んだり悪さしてるんですよ」
「マジか」
「ええ。それで紅雀さんが用心棒っていうか……店の前で張ってそのチームの奴らを入れないようにしてたんです」
 紅雀がそんなことを……。
 近道なのか、コウはビルの狭間の路地に入り、俺もそれに続く。乱雑に置かれたビールケースや段ボールをよけながら、コウは話を続けた。
「そのチーム、えー…なんて名前だっけ。なんか入浴剤みたいな……」
「……バグボム……?」
「そう!それです!で、そのバカボムの連中がムキになって、仲間総動員して店の前に押しかけてるんですよ。いまは紅雀さんと他のメンバーがバリケード張ってるんですけど、もう一触即発みたいになってて……」
 だいたい事情は飲み込めた。
「でさ……。紅雀が俺を連れて来いって言ったのか?」
 少し迷ったが、俺はコウにそう聞いてみた。
「いえ。これは俺の独断です。蒼葉さんがいたほうが紅雀さんの力になると思って……」
「そか……」
 一瞬、落胆のような気持ちが俺の胸を掠め、少し遅れて後半の言葉の意味が脳に届く。
「へ、……っ?」
 裏返った間抜けな声が出てしまった。
 コウは俺のほうをチラリと見ると子供っぽい笑みを浮かべた。
「紅雀さん、蒼葉さん大好きですから!」 
「え……?あ……」 
 その言葉の意味は……そのままなのか、それとも……。
 うろたえてリアクションしかねていると、俺の動揺が感染したようにコウまで赤くなった。
「あ……あの、紅時雨のやつらはもうみんな知ってますんで……」
「え、えええええっ?!!!!」
 俺の素っ頓狂な叫びが路地裏に響き渡った。
「い、いつから……?」
「いつからって言っても……ていうか、もしかして隠してたんですか……?」
 言いながらコウが表情を曇らせて、叱られた犬のように首を竦めた。出すぎたことを言ってしまったと思ったのだろうか。
「いや、まあ……ガチで隠そうと思ってたわけじゃないから、いいんだけど……。そか、そんな丸バレだったんだ……」
「紅雀さん見てたら、一目瞭然ですよ。なんつーかビフォーアフターぐらいの勢いでしたから」
「へえ……」
 俺はそんなに変っていないと思っていたから意外だった。やっぱり俺に見せている顔と紅時雨の連中に見せている顔は違うんだろうかと思った。
 コウが立ち止まり、俺の前に向き直る。
「あの……蒼葉さん」
「うん?」
「変ったっていっても紅雀さんはケジメつけてるし、紅時雨のために骨身は惜しまない人です。いまだってそうやって萩馬を助けてくれているし!だからみんな紅雀さんは慕っていますし、紅雀さんの幸せを祝ってますんで!」
「う……うん」
「だから、俺たちはお二人を全面的に祝福してますから……だから、その」
 普段言いつけてないだろう言葉を言ったせいか、コウが顔を赤くして俯く。
「ありがとう」
 そう言って俺はコウの肩をポンと叩く。
 こんなふうに真っ向から俺たちの関係を祝福されたことはなかったんで、少しくすぐったい。
 そんなふうに慕われている紅雀を俺は誇りに思い、そして……好きだと思った。
「とにかくいまは萩馬のところに急ごう」
 俺はコウの両肩を掴んで、ぐるりと前方に回した。「は、はい!」とコウが弾かれたように走り出す。

 
 路地を抜けると、萩馬の店はすぐ見つかった。探さなくても一目でわかった。
 ヤバい雰囲気を漂わせた男たちが数十人、店の前で火花を散らしていたからだ。
 バグボムと紅時雨──ヤバいのは一緒でもチームカラーというか、雰囲気はパッキリと分けるように違っていた。
 一言で表現すると「赤対黒」「浮世絵対アメコミ」って感じだった。
 その中心で、俺は紅雀を見つけた。肩に太刀の峰を乗せ、目の前のまだら髪の男と睨み合っている。あれ……コイツどこかで……。
「んっだよお!なんの権利があって、テメエらが俺たちを追い出すわけぇ!?お客様は神様って言葉知らねえのかよぉぉぉ?!!」
 まだらが、両手を革ジャンのポケットに突っ込み、体を貧乏ゆすりみたいに揺らしながら紅雀に食ってかかる。
「誰が神様だ。テメエらみてえのは祟り神って言うんだ」
 紅雀が太刀の峰で肩をトントン叩きながら、その勢いを切って捨てる。
「リブで名を上げられねえからって、こんなセコい手で逆ネジ食わそうなんざ情けないにも程があるぜ?」
 あからさまに口調に含ませた嘲笑に、まだらが「んっだとおおおお?!!」とあっさり逆上する。後ろに控えている連中も追従して騒ぎ立てる。
 バリヤーを張っているかのようなビリビリしたムードに、一瞬呆気にとられていた俺は、ハッと我に返って紅雀の元へ駆け出した。
「紅雀!!」
 俺の声に、紅雀が振り返り、驚きに目を丸くする。
「蒼葉……!お前……」
「話はあと!」
 そう言って俺は紅雀の横に立った。
「加勢かあ?いいけどよぉ!俺らになんかしたら、この店のことネットにボロッカスに書いてやるからよお!毎日だ!覚悟しとけよお!」
 まだらが威勢よく情けないことを言い放った。
「うわ……ウゼェ~……」
 俺が小声でそう漏らすと、横で紅雀が「な?」と返す。
 バグボムの名前は、以前絡まれたからなんとなく覚えていたけど、そうでもなければ知ることもないはずの弱小チームだ。
 それがいやに強気なのは、萩馬の店を人質にとっている気になっているからか。
「まったく……阿呆が。旧住民区みてえな狭い界隈で、ネットの評判がどれほどのものかよ。口コミのほうがよっぽど頼りになるだろうが」
 呆れたように紅雀は言い、肩に乗せていた太刀を構え直した。
「ちぃっと、痛い目みておくか?」
 紅雀の静かな、けれど凄みの効いた恫喝に、まだらが一瞬怯むように後ずさる。
 ここでそのまま引き下がったら、少しは頭がいいかと思えたのに。
「それはこっちの台詞だあああああ!!!」
 まだらが叫びと共にポケットに突っ込んでた両手を頭上にあげた。その手にはふたつのスタンガンが握られていた。まだらがスイッチを入れると先端の電極の間からパチパチと青白い光が走る。
「売ってるモンのなかじゃ最高の電圧だぜえ……」
 ヒッヒッと体を揺すってまだらが笑う。
「この手の武器は反則……っつーか、こりゃもうリブじゃねえな」
 紅雀がため息とともに呟く。
「じゃあ、こっちもルール無用で行かせてもらうか」
「うるっせえ!おい!お前らかかれ!!」
 まだらの蛮声とともに、後ろの連中が一斉にこっちへと向かってきた。見れば全員、手にスタンガンを持っていた。
 こっちの背後からも、紅時雨のメンバーが躍り出てきて、あたりは一斉に怒号と喧騒に飲み込まれた。
「オラァァ!」
 革ジャンの男が俺に向かってくる。よほどスタンガンに信頼をおいてるのか、あちこちガラ空きだった。俺は素早く地面に屈みこみ、そいつの足に掃い蹴りを食らわせた。よろめいたところに回し蹴りを叩き込んで横っ飛びに吹っ飛ばす。
「ふう……」
 俺が安堵の息をついたところに。
「蒼葉!!」
 紅雀の怒号が耳に飛び込み──同時に目の前を男が転がっていった。
「蒼葉!背中を見せるな!こっち来い!」
 片手に太刀を持った紅雀が、俺に手招きをする。慌てて駆け寄り、俺は紅雀と背中合わせの形になる。
 視線だけであたりを見回すと、すでにまだらは地面の上で伸びていた。他の紅時雨のメンバーも、同じように背中合わせの陣形になっている。一人、すごい勢いでビールケースを投げつけて相手をのしているのがいる。……萩馬だった。
 一人、また一人とバグボムの連中が地面に転がった。
 紅雀はあの大きな太刀を、すごいスピードで薙ぎ、相手のスタンガンを叩き落した。間髪いれず素手になった相手のわき腹に峰打ちを叩き込む。 
 俺は俺で足蹴りで応戦した。靴のソールはゴムだから多少スタンガンが触れてもどうってことない。ステップを踏んでリズムをつけ、突き蹴りで相手の手を一時使用不可にした。
 気がつけば──立っているバグボムは残りニ、三人ほどになっていた。
「…………」
 残りの連中は、呆然と、それでもスタンガンを離さずに、仲間が転がっている地面を見回していた。
「スタンガンは武器じゃねえ。護身道具でしかないってのに、何を考えてそんな無敵気分でいられたんだか」
 紅雀がため息と一緒に呟きを吐き出す。紅時雨のメンバーは驚いたことに全員が無傷だった。改めて紅時雨のチームとしての強さを俺は実感した。
「どうする?まだやるか?」
 紅雀が目を細め、いっそ労わりに聞こえる優しい声音で言う。もちろん相手にはとても恐ろしい響きに聴こえただろうけど。
 残った連中は、それには答えず、互いに目配せをして無言で踵を返した。
 バラバラと走り去る連中の背中に紅雀は
「いいか!二度とこの店に近づくなよ!でないと今度は一人残らず叩き潰すからな!!」
 そう言い放った。そしてあたりを一瞥し
「おい。コイツら、どっか店から離れた路地裏に放り込んでおけ。商売の邪魔になる」
 まだ気絶しているまだらの頭を、軽くつま先で小突きながら言った。
「「はい!紅雀さん!」」
 快活な返事が一斉に重なった。打てば響くってヤツだな。
 引きずられたり持ち上げられたり、運ばれていく男たちを見て、俺も何かしようと歩を進めようとしたとき。
 紅雀に肩を掴まれた。
「紅雀……?」
「その……すまなかったな。お前まで巻き込んじまって」
 そこにはさっきの気勢が嘘のように、バツの悪そうな紅雀の顔があった。
「巻き込むって……俺が勝手に割って入っただけだし」
 俺が笑って言うと、紅雀もホッとしたような顔になる。
 そして───
「お前に何もなくてよかった」
 呟きと同時に肩を引かれ、俺は紅雀に抱き寄せられていた。
 内心で軽く慌てたけど、もう紅時雨の連中は知ってるらしいし……いいかと思い、俺はそのまま紅雀の肩に顔をうずめた。

 そうしたい気持ちは俺も一緒だったから───

 
 バグボムの後片付けと、荒らしてしまった店の周りの掃除もして、俺たち二人は紅雀の部屋へと戻った。
  もうすっかり日は暮れていて、紅雀は数日前と同じに、部屋の窓を開けて夜風を招き入れていた。
 あのときはひどくモヤモヤした気持ちだったのに……いまは嘘のようにスッキリしている。
「その……なんか随分久しぶりな気がするな……」
 俺を振り返り紅雀が言う。その口調はなんだかぎこちなくて……そういえば俺たちは冷却期間中だったんだと今更気がついた。
「あー……一週間ぶり?」
「そんなモンか……俺には一ヶ月ぐらいに感じたわ」
 紅雀はひとり言のように呟くと、台所に向かい、麦茶の入ったコップを持って戻ってきた。
「ほら。喉渇いてるだろ」
 ひんやりと冷たいコップを手渡される。
「ありがとう……」
 二人でベッドに腰掛け、麦茶を飲んだ。言われた通りかなり喉が渇いていて、麦茶はあっという間に飲み干された。そしてまた、気まずいのとは違うぎこちない空気が部屋に満ちる。
「あのさ……」
 口を切ったのは俺のほうだった。
「なんだ……?」
「その……紅雀……頭、冷えた?」
 俺のこれ以上はないほど間抜けな問いかけに、紅雀はがっくりと立て膝に額を当てた。
「冷えるわけねえだろうが……!萩馬のことがあったからそっちに気をむけていられたが、そうでなかったら悶死するかと思ったぜ……!」
「ごめん……」
「お前のほうはどうなんだ?」
「俺も全然冷えなかった……でも、いまはもう吹っ切れてる……」
 俺の言葉に紅雀は少し顔を上げ、片目で俺を見る。
「紅雀さ、さっきバグボムとやり合ってるとき、来たのが俺じゃなくて、女だったら何て言ってた?」
「ん?そりゃあ……危ないから下がってろって言うだろうなあ……」
「だよな」
 俺も紅雀の真似をして、肩膝に頭をつけて片目で紅雀を見る。
「でも紅雀は俺にそう言わなかったよな?」
「まあ……お前の腕っつーか、足が立つことはよく知ってるしな……」
「そうして欲しかったんだ。俺は」
 紅雀は、ほんの少し表情に戸惑いを浮かべ、ゆっくりと顔をあげた。俺も顔をあげ、紅雀を見つめる。
「俺は紅雀の隣にいたい。後ろじゃなくて、さ」
「蒼葉……」
「俺たちは、もう幼馴染みの関係じゃないけど、俺たちの関係が変わっても、そこだけはどうしても変ってほしくないんだ」
 俺はベッドに乗り上げて紅雀との距離を詰める。間近で久しぶりに見る紅雀の顔は、やっぱり綺麗だなと思った。
「紅雀に守られたくないわけじゃないんだ。だったら俺も紅雀を守りたいっていうか……「一緒」で在りたい。悩んだりとか、闘ったりとか、そういうのも……一緒に」
 自分でも恥ずかしいこと言ってるな……と頭の隅で思ったけど、でも、いまの自分の気持ちを残らず紅雀に伝えたかった。
「本当は萩馬のことも言って欲しかったけど、それは俺が悪いよな。俺が紅雀に言わせないような雰囲気作ってたし……」
「いや」
 言葉とともに紅雀が俺の手をとった。
「俺が考えなしだった。こんな当たり前で尤もなことに俺は全然気づかなかった……。そうだよな……蒼葉は男だもんな。男には男の矜持ってモンがあるよなあ」
 そう言って紅雀は、俺の手に自分の唇を寄せた。
「うっ……」
 俺の顔にみるみる血がのぼった。
「あんなにちっちゃくて可愛かったのに、いつの間にかこんなに大人になってたんだな……お前」
「可愛くなくなって悪かったな」
 俺が照れ隠しにぶっきらぼうに言うと
「いや。俺はいまの蒼葉が一番好きだぜ?でもな……」
 紅雀は俺の手の甲に唇を滑らせながら言った。
「俺はやっぱり、蒼葉をうんと大事にして、甘やかして、メロメロにしてやりてえんだが……そういうのは、どこでやったらいい?」
「ど、どこでって……」
「ベッドの中でならいいか?」
 紅雀は言いながら、からかうような上目で俺を見た。その目線は俺の胸を射抜くように突き刺さって、俺はもう降伏状態で頷くしかなかった……。
「うん……」
「蒼葉」
 何かを確かめるように、紅雀がゆっくりと俺の名前を呼ぶ。それはとても耳に心地よくて……だから俺も同じように紅雀の名を呼んだ。
「紅雀……」
 俺の手を握っていた紅雀の手が、俺の両頬に添えられる。やがてゆっくりと紅雀の顔が近づき──俺たちの唇は深く重なり合っていた。
「ん………あ……」
 唇が触れたとたん、まるで何かかが起爆したみたいに、紅雀の余裕は消し飛んだ、らしい。
 噛みつくように合わせた唇を一度離し、また舐めまわし、はしたないぐらい濡れた音をたてながら紅雀は俺の唇を吸った。
 粘膜で粘膜を擦られる甘い感触に、俺の頭の中もあっという間に蕩けてしまった。温かい紅雀の唾液も、吹き込まれる荒い息も、俺にとっては前戯と同じだった。
 痺れるみたいな感覚をもって、体中の血が巡る。キスだけでこんなに体が熱くなるなんて……これ以上したらどうなるのか、少し不安になった。
 でも、もちろんやめるつもりなんてない。
「紅、雀……」
 ほんの少し、唇が離れた隙に、俺は先を促す意味を込めて、紅雀の名を呼んだ。
「あ……」
 紅雀が目元を赤くして俺を見る。その目は熱に浮かされているように少しぼんやりして見えた。
 紅雀が大きく息をつき、俺をベッドの上に押し倒した。体に紅雀の重みと熱が押しつけられる。
「なんか……久しぶりすぎて歯止め効かなくなりそうだ……」
 紅雀の唇が俺の首筋に下りて、吐息と一緒に呟きを落とす。
「そん……なに、久しぶりでも、ない……だろ」
「なに余裕ぶってやがる……お前だってご無沙汰すぎて待ちきれないくせに」
「そんなこと……!」
 なくはなかった……。
 紅雀の手がいつの間にか俺のジーンズに伸びていた。布地の上から股間をまさぐられただけで、俺は息を詰めて身を固くする。
「んっ……!」
「もうこんな、窮屈そうだぜ?」
 嬉しそうに言いながら、紅雀はジッパーを下ろし、俺のアレを下着から引きずり出した。すでに張り詰めるように硬くなっているそれを、紅雀は慈しむようにゆるゆると扱く。
「あ、……ちょっ…いきなり……」
 自分の手で扱くのとはまるで違う刺激に、俺は身をよじる。それを封じるように再び紅雀の唇が俺の口を塞いだ。紅雀の手は、やわやわと袋をくすぐり、幹をさすり、先端のくびれをつまんで捏ねくり……俺が昇りつめるギリギリまで俺を追い立てた。
「紅雀……も、やば……い……」
 もはや涙目で俺は懇願した。このあと、紅雀は俺の後ろを解して……それがいつもの流れで、紅雀の手管だった。
 なんで紅雀がいつも俺をこんなふうに追い立てるのか……俺はもうなんとなくわかっていた。
 紅雀が俺の服を剥いで、自分の着物も脱ぎ落とす。ベッドサイドからローションの小瓶を取り出して自分の指に垂らし……。
「紅雀……」
「ん……?」
 その指を俺の尻の間に潜り込ませようとしたとき。
「紅雀……俺も、紅雀のアレ触りたい」
 俺の呟きに、紅雀は少し顔に戸惑いを浮かべ、苦く笑った。
「いや、いいって……それより早くイキたいんだろ?」
「なんでいつも嫌がるんだよ……」
 紅雀とそういう関係になって、何度も体を重ねたのに、紅雀はいまだに自分のソレを俺に触らせてくれない。その感触を知っているのは、俺の、なかだけだ。
「なんかなあ……お前にそういうことさせられないっていうか……悪いっていうか……」
 だから紅雀は、俺がそういうことを言う余裕を与えてくれないんだ。
「そういうのも、やなんだよ……」
 俺は体の疼きを振り切る思いで身を起こして、胡坐座になっている紅雀の足の間に這い寄った。「お、おい……」と言う紅雀の困惑を無視して、俺はソレに手を伸ばす。
 俺のより大きくて、少し幹のほうが太い……。こうして間近で見たこともなかったんで、俺はついしげしげと見ながらソレをさすった。
「うっ……!」
 息を詰めるような紅雀の呻き。
「もう……気が済んだか?そんな楽しいもんでもねえだろ……?」
 その強がるような言い方に俺は少しムッとなる。
「だから、そんなんじゃないだろ……?俺だって好きなヤツをいっぱい……甘やかしたいんだって」
 言いながら俺は紅雀の足の間に顔を埋めて……ソレの先端に唇を寄せた。
「蒼葉……!」
 ささやかな刺激なのに、ソレがビクリと震えるのがわかった。
「やめろって……汚ねえぞ……」
 紅雀が俺の頭に手をやり、やめるよう促す。でも俺はそれに逆らい、口を開けてソレをゆっくりと含んでいく。
「ん……む……」
「……っ……うっ!」
 元々大きいソレが、咥内でさらに硬く、張り詰めていくのがわかった。俺はゾクゾクして、熱い塊を舌で舐め、口の粘膜でゆるく扱いた。初めてだから上手くないだろうけど……少しは気持ちいいと思う。
 そのとき。
「…あ……!」
 紅雀の足の間で四つん這いになっている俺の尻に、紅雀が体を屈めて手を滑らせる。
 そしてそのまま、ローションで濡れた指がゆっくり入り込んできた。
「んぅ……っは、あ、ああ……」
 口の中のものに歯を立ててしまいそうで、俺はいったんソレから顔を離す。上目で紅雀を伺うと、顔を赤くしながらも、「してやったり」と言いたげな意地悪そうな目で俺を見下ろしていた。
「いいかげん……こっちも淋しいだろ?」
 指を抜き差ししながら紅雀が言う。中をコリッと弄られて「ひっ」と背筋が反り返った。
 ほんの少し癪に障って、俺はまた紅雀のソレに顔を寄せた。口に入れると噛んでしまいそうだったから今度は舌だけで舐め上げる。
「くっ……お前、まだ……」
「一緒……だって、言ったろ……んっ…!」
 紅雀の二本めの指が潜り込んできた。中で小刻みに捏ねられて堪え切れないほどの波がやってくる。
「あ……あ……!!!」
 あられもない声が出て、全身が硬くなる。でも次の瞬間、俺を追い立てる指が抜かれて……波は行き場をなくして俺の腹の中で留まってしまった。
「あ…ぁ……や……」
 ジンジンとした痺れが脈動に合わせて蠢いている……。
 腹の奥、自分ではどうしようもないもどかしさに、俺は縋るように紅雀を見る。紅雀も荒い息をつき、目を眇め、俺以上に興奮しているのがわかった。
「俺も、もう……我慢できねえ……入れるから、横になってくれ」
 言われるままに、俺は仰向けになって、自分で足を抱え上げる格好になった。
 ガキの頃だって見せたことがない、こんな格好……たまらなく恥ずかしいのに、俺はその恥ずかしさにいっそう興奮していた。
「紅雀……早く……」
 自分の甘えた声に自分で煽られて体が震えた。
「蒼葉……お前……!」 
 紅雀が興奮を堪えるあまり、怒りのような表情になって俺にのしかかる。
 硬くて熱い紅雀の切っ先が、俺の孔にあてがわれた。俺は反射的に息を吐き、それと同時に紅雀が腰を入れる。
 実際の体温よりもずっと熱く感じる、紅雀の塊が入ってくる……。
「あっ……あぁ…は、…あっ、あ!ああ!」
 粘膜を擦られながら体の奥を明け渡す感触に、全身がゾクゾクと震えて、俺は紅雀の背にしがみついた。
「あ……っ…ん…紅雀……っ…!!」
「蒼……葉……っ!」
 紅雀の噛み殺すような呻きとともに、腰を深く突き入れられ、俺は紅雀の全部を飲み込んだ。
 俺たちは抱き合いながら、少しの間繋がった部分が馴染むのを待った。俺の中で紅雀が脈動しているのが気持ちいい……。
 やがて紅雀が顔をあげ、俺を見下ろしながら
「動くけど……早かったらお前のせいだからな……?」
 少し拗ねるような口調で言った。
 俺は笑いそうになったけど、それは堪えて「俺も……すぐイキそうだから」と言った。
 唇を舐めるようなキスをひとつして、紅雀は動き始めた。
「あ、んあっ……はっ…あぁ……ん……」
 突き上げられるたびに、自分のものとは思えない声が零れ出る。
 霞む視界のなか、紅雀も快楽に眉根を寄せて俺を見つめている。
 その表情に、泣きたくなるような、なのにどこか甘い、不思議な情動を感じていた。
 お互いをこんなに長く知っているのに、紅雀のことはずっと「好き」だったのに。
 いままで知ることのなかった「好き」が俺の中を埋め尽くしている……。
「紅雀……紅雀……好き、だ……」
 うわごとのような俺の言葉に、紅雀は泣く寸前のように顔を歪めて、それから、笑った。
「俺もだ……蒼葉!好きだ……!どうかなりそうなくらい……好きだ……っ!」
 抱きしめられ、激しく揺さぶられて、波に足をくすぐられるような快感が、どんどん体の奥からひろがっていく。
「あっ……あああ…!も、…いくっ……いき、そ……っ…!」
 俺は自分の両足を紅雀の腰に絡ませて、全身でしがみついた。
「俺も、だ……っ蒼葉……っ」
「あ、ぁっ一緒に……一緒にイキた……いっ……!」
 紅雀が腰を小刻みに揺らして息を詰めた。同時に俺のほうも昇りつめて……。
「あっあ……ああああああ………っ…!!」
 紅雀の熱が俺の中に広がるのと、密着した二人の腹の間に精液が吐き出される感触を、
俺は同時に感じていた……。

 夜風はもう、秋の冷たさを含んでいたけど、ほてった体にはちょうどよかった。
 汗とその他でベタベタになった体を一緒に風呂で洗い清めて、いまは湯上りの麦茶を飲んでいた。紅雀のところの麦茶はうちと同じで、市販じゃなく煮出して作ったやつだ。
「タエさん、しょっちゅう「売ってる麦茶なんざ金の無駄だ」とか言ってただろう?なんか俺も影響受けちまってなあ」
「あーわかる。何気に婆ちゃんの影響力って強いよな」
「まあでも実際市販のに比べたら、断然濃いよな。風味とか」
「濃いっていえば……」
 俺はTシャツにパンイチという緩すぎる格好のまま、ベッドにゴロンと横になった。
「今日一日も濃かったなー……」
「だな」
 紅雀は上半身裸のままのさらに緩い姿で、俺の隣に腰掛けている。
「そういえばさ……バグボムのヘッドのヤツ、あいつとちょっと前に道ですれ違ってたよな」
「そうなのか?お前よく覚えてるなあ、そんなの」
「ホラ……萩馬の店の帰りに。お前があんとき、俺を庇うみたいに前に立ったんで、俺それでショック受けたっつーか……」
 紅雀は少しの間、記憶を掘り返すように遠くを見ていたが……やがてひどく神妙な顔つきで俺に向き直った。
「あのな」
「え?」
 その神妙さに俺は思わず起き上がって居住まいを正した。
「な、なに……?」
「思い出した。あのときはな。前を歩いてたあの野郎の腰パンから趣味の悪い下着が丸出しになってたんだ」
「へ?!」
 思いもよらない紅雀の言葉に、俺の声がひっくり返った。
「俺はな。お前の視界に野郎の下着なんざ入れたくないと思ったから、それであいつらが通り過ぎるまでお前の目隠しに立ってたんだ」
「え……?えーと……」
「まあ……これも過保護っちゃ過保護なのか?いや……あんな下着見せたら大事な蒼葉の目が悪くなる」
 どんな下着なんだよ!逆に気になるだろ!
 っていうか……つまり紅雀は最初から俺を女みたいに庇うつもりはなかったってことか……?
「つーか……」
 これじゃ俺が一人で空回ってただけじゃないか!!
「なんで最初に言ってくれないんだよ!」
 俺が理不尽な怒りを紅雀にぶつけると
「お前の最初の説明がぼんやりしすぎて気づかなかったんだよ」
「ぼんやりで悪かったな!」
「あーもう」
 紅雀は駄々っ子を宥めるように、俺は抱きすくめてた。
「なんだかんだで、いいきっかけだったじゃねえか。雨降って地固まるってヤツだ」
 紅雀に頬擦りをされて、俺の怒りはあえなく萎んでいく。
「長いつきあいに胡坐かいて、お前の考えをおろそかにしてたのは確かだったし、お前がいないと本当~~~に辛いのもわかったし」
 芝居めかした口調でしみじみと言うので俺は吹きだしそうになる。
 少しの沈黙のあと、紅雀は安堵するような息をつき
「不思議だよなあ。蒼葉のことよーく知ってると思ってたのに。つきあえばつきあうほど知らないう蒼葉が見えてくるんだ」
「ああ……それ俺も思ってた……」
 俺がそう言うと、紅雀は嬉しそうに目を細め、俺の頬にキスを落とした。
「翠島に戻ってきて、でっかくなったお前を見たときは、全然昔の面影なくて、びっくりしたけど、すぐにそのお前も好きになった。まあそのときの「好き」はいまとは違う意味だけどな」
 それは俺も同じだった。
「こういう仲になってからは……あんなエロい顔や……がっ!」
 俺は無言で紅雀の口に掌をはたきこんでいた。
「……こういう怒った顔が可愛いとか新しい発見があるよなあ」
「ったく……」
「飽きる暇なんてないよなあ……。何年何十年経って、お互いジジイになっても、俺はお前を好きでいられる自信があるぜ。「好き」の意味は変るかもしれねえが、「好き」であることは絶対に変わらねえよ」
「………」
 いつもだったらうろたえるほど恥ずかしい台詞も、いまはスッと俺のなかに染みていった。

 
 幼馴染みの「好き」、友人の「好き」、それから……恋人の「好き」
 俺たちの関係は何度も形を変えているけど、「好き」であることは、ずっと変らないでいるから。
 この先また俺たちの関係が変化していっても、「好き」であることはコアとなって、俺たちを支え続けてくれるんだろう。

 だから俺は───
「俺もだよ」
 そう言って、さっき叩いた唇に労わるようなキスをした────

 

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コメント

紅蒼ずっと待ってました…!ありがとうございました、楽しめました。 下着の詳細が気になります…(笑)。

投稿: 篠乃雨 | 2012年10月19日 (金) 02時31分

返信ずっと見てなくてすいませんでした…。
下着は紫のまだらとかなんじゃないかなーとか思ってます。

投稿: 後藤羽矢子 | 2013年6月 3日 (月) 12時02分

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