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2008年11月24日 (月)

酔夢の歌

「見えるか?」
「あの……蔓みたいな枝の木か?」
「そうだ、黄緑の実がなっているだろう?」
「あれが……マタタビの木か」
 話に聞いたこともあるし、それを使った酒を舐めることぐらいはあったが、自然のままの状態のマタタビを見るのは、コノエは初めてだった。
それは思っていたよりずっと繊細な木だった。幹も枝も細く、背丈も低い。こんな変哲もない木に猫たちを狂わせる力があるとはにわかには信じられない。ライとコノエは少し遠くの大木の枝からマタタビを見下ろしているが、うかつに近づけば、たちまち匂いに巻かれて我を忘れてしまうだろう。
 葉も枝も──特にいまの時期、たわわに実る黄緑の実は、リビカにとって最大級の麻薬だった。
 

 マタタビは現在、藍閃の領内で栽培と精製が管理されている。
 市井に出回るものは、薬材として他の薬草と混ぜられたものか、嗜好品として、ほんのわずか酒や煙草や香袋に含ませたものぐらいだ。
  しかし最近、乾燥させただけの非合法なマタタビの枝や実が、藍閃の街に出回るようになった。

 
 猫たちにとってマタタビによる酩酊は酒などをはるかに凌ぐものだ。考えなしに手をだし市場で暴れる者、斬り合いに近い喧嘩をする者、果ては酔って勝手に川に落ちて死ぬ者など、このところの藍閃ではそんな乱痴気が後を絶たなかった。
 乱痴気だけならまだいいが、通りすがりの猫にいきなりマタタビを嗅がせ、酔った隙に盗みを働くなどという悪辣な輩まで出始め、業を煮やした保安所は、非合法のマタタビの売猫を捕らえるよう布令をだした。
 ライとコノエは、売猫の足取りを追うべく、半月巡りほどの時間を費やした。
 そしてようやく、彼らの根城らしき場所を特定することができたのだが……。
 問題があった。今まで売猫が逃げおおせてこれたのも、それが原因なのは明らかだった。
 「おそらくはこの山の中腹に奴らの根城があるはずだが……」
 宿の食堂の卓にひろげた地図を挟み、ライとコノエは思案に暮れていた。
「マタタビの精製もここでやっているんだろうな。とすると、むやみに乗り込むとこっちが匂いに当てられるだろう」
 ライが呟き忌々しげに舌打ちをする。マタタビの酔いは即効でなおかつ深い。追っ手にマタタビを嗅がせて巻くぐらいわけないだろう。売猫にとってはマタタビは文字どおり金のなる木であると同時に身を守ってくれる盾でもあるのだ。
 コノエはライの眉間の皺を見つめながら、ふといままで何となく疑問に思っていたことを口に乗せてみた。
「そういえば売猫の連中は、どうしてマタタビを扱ってて平気なんだろう。酔わない呪いでもかけているのか?」
 ライが地図に向けていた視線をあげ、呆れたような溜息をつく。ライに他愛もない質問をすると大抵このような態度をとられる。そのあと懇切丁寧に説明してくれるとわかっていても、あまりいい気分ではない。聞かなきゃよかったかなとコノエが口にださず呟いたとき。
「マタタビの効かない猫ってのがいるんだよ」
 コノエの頭上に笑い混じりの声が降り、次いで目の前に果実水のはいった杯が置かれた。
 顔を上向けると屈託のない笑みを浮かべるバルドの顔があり、さらに視線を正面へ向けると眉間に深々と皺を刻んだライの不承顔があった。いつものこととはいえ、律儀すぎるライの反応にコノエは内心で笑った。それはともかく。
「マタタビの効かない猫?」
 杯の縁を舐めながらコノエが問う。
「コノエが生まれた頃には、もうマタタビの規制が強かったからな。知らなくても不思議はないさ。マタタビの効かない猫は三種類いる」
 そう言ってバルドは、勿体つけた仕草で指を一本、コノエの前で立てて見せた。
「まずは子猫だ。十に満たない子猫にはマタタビが効かないんだ。だから昔はマタタビ摘みはガキの仕事って言われてたんだがな」
 コノエがへえ、と感心の声をあげると、バルドは自分の手柄のように胸を張って見せた。
「もうひとつは年寄りだ。それも完全に色気の枯れた爺さんだな。藍閃領でマタタビを扱っている猫はほとんどがこういう年寄りだそうだ」
 これも初耳だった。
「で、最後が、病気や事故でアッチのほうが駄目になっちまった猫だ」
「……アッチ?……」
 コノエがきょとんと問い返すと、バルドは苦笑いを浮かべ、わざとらしい咳払いをする。
「つまりだ、雄のアレが勃たなくなっちまった猫ってことだ」
 さすがのコノエも「アレ」がなんであるかは聞かなくてもわかる。決まり悪さにバルドから視線をそらすと、ライの呆れきった視線とかち合った。ライはおもむろに溜息を吐き
「そういうわけだ。売猫はそういう奴らが寄り集まってできた一団だろう。厄介なことだ。向こうには何でもないものが、こちらには一発必中の麻薬だからな」
 そう言った。
 そうなのだ。マタタビが効かない猫のことを知っても、膠着した状態に変わりはなかった。コノエがつられるように溜息をつくと、バルドが意外だと言わんそぶりで肩を竦めた。
「なんだ、ライ。お前まだ知らなかったか?」
「……何をだ」
 「普通の猫でもマタタビが効かなくなる方法だよ」
 その言葉にライの表情から一瞬、険が抜ける。コノエもはじかれるように椅子から立ち上がりバルドの方を見た。
「そんな方法があるのか!」
「あるさ」
「……まさか、毒でも飲んで不能になれと言うんじゃないだろうな」
「そんなわけねえだろ。仮にそうだとしてもそんなことする気はねえよな。お前らにアッチは大事だもんなあ。」
ぬけぬけと放たれた言葉に、コノエは赤くなりながら、ライは黒い怒気を浮かべてバルドを睨んだ。しかしそれをさらりと流して、バルドはさも特別な秘密を明かすように声を潜めた。
「一回、マタタビに酔って醒めると、ちょっとの間マタタビが効かなくなるんだよ」
「……そんな簡単なことなんだ……」
 コノエが拍子抜けの意を声音に含ませると、バルドはむっとしたように言い返した。
「何事も簡単なほうがいいに決まってるだろ。そんなことで賞金首が捕まるなら安いもんだろう?」
 それはまったくそのとおりだった。
「で、どれぐらの時間、無効にできるんだ?」
 ライが言うと、バルドは顎髭を扱きながら少しの間考え、
「体調にもよるんだが、だいたい一刻ぐらいかな」と言った。
 一刻──思ったより短いとコノエは思った。
 マタタビの酔いから醒めて、根城に乗り込み、売猫の一団を相手に闘って──すべての片をつけるにはなかなか難儀な時間だった。
 しかし、いまはそれ以外手立てはない。
「……で……」
 少しの間、思案するように目を伏せていたライが顔をあげてバルドに問う。
「貴様の宿に俺たちが酔えるほどのマタタビがあるのか?」
「そりゃああるさ。宿秘蔵の純度の高いマタタビ酒がな」
「そ、それって、密造酒ってことじゃ……」
 コノエが戸惑い混じりに呟くと、バルドは
「野暮なことは言うなよ。協力してやるんだし、どうぞご内密に、な」
 そう言って片目を瞑って見せた。

 マタタビの実をどっさりと漬け込んだという、自慢しようにもできない酒を木筒に入れて、ライとコノエは藍閃を出た。
 西の山を登り、地図に沿って一日月を歩き、とうとうマタタビの木とその近くに建てられた掘っ立て小屋を見つけた。
 小屋の屋根から細い煙が立ち昇っていて、なかに猫がいることは瞭然だった。
 あとは、持参したマタタビ酒に酔えばいいだけなのだが……。
「場所は限られるな」 
 大木の枝の上、あたりを見回しながらライが呟く。あまり根城から離れては、ただでさえ少ない時間が移動にとられる。かといって敵営の近くで前後不覚になるのも危険だ。コノエは無言でうなづきながら、ライの隣で逆向きに腰をおろし、身を隠せる場所はないかと目を走らせる。
「あれは……」
 ライが小さく呟いた。コノエは体ごと振り返りライの視線の先を見る。中木二本に細い蔦がびっしりと絡みつき、まるで洞のようになっているところがあった。小屋からの距離も遠からず近からずで最適、とまではいかないが、ほんの少しの時間身を潜めるには充分な場所に思えた。
 二匹は目配せをして無言の了解をし合い、飛ぶように大木から降りた。
 できるだけ音をたてないよう蔦の茂みに近づき、空洞になっている部分へ身を潜らせた。
 そこは、二匹が座って身を寄せ合うのがやっとの狭い場所だった。しかし木や岩の洞と違い、蔦の覆いは万が一見つかったとき、追い詰められる心配がない。剣で蔦を切り裂いて飛び出せばいいだけだ。
 そして猫は狭い場所が好きだ。薄緑の覆いに、たちこめる若木の匂い。なかなか悪くないとコノエは思った。
 コノエはさっそく麻袋から木筒を取り出した。木の栓を捻り取ると、たちまち強い匂いが鼻を掠めた。猫を惑わす芳香と酒の匂い。コノエはあまり酒が得意ではなく、いったん飲み口に顔を近づけたものの飲むことに少し躊躇した。
「どうした」
 いつまでも木筒に口をつけないコノエに、ライの訝しげな声がかかる。
「……いや、俺、少し酒弱いから……マタタビから醒めても酒に酔ったままだったら困るかなって……」
 そう言うと、ライが鼻で笑う気配がした。身を寄せ合っているから如実にそれがわかってしまう。
 少し腹立たしくて尻尾を振りたくなったが、この狭いところではそれも叶わない。
「貸せ」
 コノエが言い返す間も与えず、ライはコノエの手から木筒をひったくる。そしてためらいもなく口をつけ嚥下した。ごくり、とコノエの耳元でライの喉が鳴る音がする。それが三度続いてコノエは不安になった。まさか全部飲み干してしまうのではないだろうか。
「ライ……!」
 コノエが抗議の意を込めて小さく叫んだとき。
 無造作に顎を掴まれ、いきなりくちづけられた。と同時に頭が眩むような芳香と、痺れるような刺激が口中に流れ込んできた。
「……っ!んん……っん」
 しかしその量はごくわずかだったので、コノエはむせることなく飲み下すことができた。ライの唇がいったん離れ、また木筒に寄せられる。そしてもう一度コノエの唇に忍び込んできた。
 ライの行動は口移しで酒を飲ませるというより、舌に残った酒をコノエの咥内に塗りこめるというほうが近かった。それでもマタタビの香りは、口中から鼻腔を抜けコノエの意識をだんだんと蕩かせていく────
「これでも……充分だろう」
 ライが唇を触れ合わせたまま囁いた。その声が酷く甘く聞こえるのは、もう自分が酩酊しているからだろうか。コノエが無言でうなづくと、ライはそっとコノエから顔を離し、抱くように自分の肩にコノエの頭をもたれかけさせた。
 静かにコノエは息をついた。頭が白く霞んで、全身が気だるい浮遊感に捉われている。わずかな眠気は感じているがその反面、頭のどこかは奇妙に冴えている。不思議な感覚だった。
 このままじっとライと身を寄せ合い、酔いが醒めるのを待つ──それは少し勿体無いとコノエは思った。体の奥に何かが波打っている。何だろう、歌を放つ前の感覚に少し似ている。
 いま、ここで、歌を歌ったらどんなにか気持ちいいだろう。もちろんそんなことはできないけれど。
 ライのための歌。淡い、深い、緑の光。いま瞼の裏に散っている光のような。きっと心地のいい歌になる……。
 コノエがとりとめのない思考の海に身を委ねていると、ふいに温かな湿り気がコノエの耳に触れた。もう見なくてもわかる、なじみのある感触。これはライの舌だ。
 ライがコノエの毛繕いをしてくれている。酔いのせいかその舌の動きは、いつもより優しいように感じた。
 耳の端を唇ではさみこまれて、軽く引っ張られた。からかうような所作に、耳だけでなく胸のなかまでくすぐられるようか気分だ。
「ライ……」
 呟いて、コノエはライの肩口に鼻先を摺り寄せた。いよいよ酔気は深くなり体がぐずぐずと溶けていく錯覚に見舞われ始めたとき──
 ライの大きな手がコノエの肩をすべり、胸板を這った。最初は掌で撫でられ、そのうち人差し指が服の布地ごしにコノエの乳首をくすぐった。
「ん……」
 いつもなら「やめろ」と言うだろうライのからかいも、揺蕩う意識には心地いい。コノエはくすくすと笑って「よくわかるな……」と気だるく呟いた。
 ライの指は両の乳首をかわるがわるくすぐり、そのうちゆっくりと腹に下がっていき、コノエの足の付け根にあるものに触れた。
「……え……」
 その感触に落ちそうになっていた意識が引き戻された。
 戸惑いにコノエが顔を上向けると、いままで見たことのないライの表情が目の前にあった。
 潤んだ目と、わずかに開かれた唇、それは泣き疲れた子猫のようだった。酒に酔ってもライがこんなぼんやりとした表情になることはない。ライでさえこうなのだから、自分はいまさぞや間抜けな顔をしているのだろう……コノエがそんなことを思っていると、突然下肢にひやりとしたものが触れた。
「あっ……」 
 いつの間にかライの右手が、コノエの下衣に潜り込んでコノエの雄茎を掴んでいた。酔っても冷たいままのライの指先は、コノエの雄の雁首を挟むように擦りたてた。
 コノエは内心で慌てた。いくら酔いに蕩けていても、こんなところで淫事に耽ってはまずいとわかるだけの理性はある。ライの手から逃れようと身を捩るが、ライの左手に首根っこを掴まれ、胸板に押しつけられるように抱きこめられた。
「ちょっと……ライ!なにやって……ん…」
「……うるさい……」
 低く、唸りにも似た声が、次いで熱を散らすような荒い息がコノエの耳に吹き込まれた。体の奥がぞくりと戦慄く。……これも酔いのせいなのだろうか。
 いつの間にかライは片手だけで器用に、コノエの下衣をずらし、雄茎を掴み出していた。窮屈な布地から開放されたそれを、ライは清々とした動きで扱き始めた。
「あっ……や、やめろよ……っ」
 慌てて腰を引いてみるが、もちろん手が離れることはない。それどころかライに触れられている部分がいつもより敏感で、たちまち手のなかで固く張りつめてしまっていた。
「ん、あ、……ライ……嫌だ…ぁ……」
 蜜が滴るような甘い声がでた。しかし酔いに霞んだ頭ではそれを恥じる余裕もない。ライの唸りがまた耳をつく。次いで「……なんて声をだす」と囁かれた。
「アンタが……悪いんだろ…っ!急に、こんなことして……」
 コノエが精一杯に声を張りあげると、ライが懲らしめのようにコノエの雄を嬲る手を止めた。
「………ん……」
 不満めいた溜息が口から出てしまう。ライは吐息だけで笑うとコノエの頬をざらりと舐めた。
「こうなることぐらい……わかるものだろう?マタタビは媚薬の最たるものだ」
「え……って……アンタ、最初からそのつもりで」
「だから、場所は限られると言っただろう」
 ぬけぬけと言い切られ、ただでさえ熱いコノエの頬に、さらに熱が集まった。
「そんなつもりじゃなかった、か?だが、ここは」
 言いながらライの手がコノエの雄茎の根元を握りこむ。
「ひっ……!」
「充分に「そのつもり」のようだな」
 雄を握る指先にさらに力が篭り、コノエは苦しさに息をつめた。反撃とばかりにライの手の甲に爪をたてると、やっと指は離れてくれた。体の力が抜けると同時に、雄茎の先端から透明なものがにじみ、玉のように膨れたと思うと、とろりと幹のほうにまで滴った。
「ん……あ……」
 羞恥に体が震える。……頭のなかの霧が少し晴れてきたような気がした。もしかしたら酔いが醒めつつあるのだろうか、考えてみれば自分が喫したマタタビはライよりずっと少なかった。
 しかしそうなると、こんな場所でライに抱かれることに余計に抵抗があった。腰に溜まるもどかしさを強引に無視して、コノエはライの胸板を手で押し返し逃れようと試みる。
「…………」
 ライの忌々しいといわんばかりの溜息が聞こえ、次の瞬間、両手で引き寄せられ、横抱きに抱えられていた。
「ラ、ライ……」
「暴れるな」
 有無を言わさぬ力強さでそう言われ、あ、思う間もなく、コノエの視界がひっくり返った。
 ライの左手に頭を支えられ、コノエの体は地面に倒される。次いで下半身を抱えあげられ膝のあたりまで脱がされていた下衣の片足を抜かれる、そしてあぐらをかいたライの眼下で強引に両足をひろげる格好をとらされていた。
 コノエはしばらくの間あっけにとられていたが、自分のしている格好を理解した瞬間、痺れるほど一気に顔に血が集まった。
 確かにこの場所では、猫二匹が横たわるほどの広さはない。だからといってこんな屈辱的な格好をとらされる謂れもない。
「いやだっ……!こんな格好……ライ!」
 懇願の哀れさがコノエの声に混じる。しかしライは無慈悲にも、コノエの尻を両手で撫で、割り拡げその中心にためらいもなく舌を這わせた。
「……っ!あ、あっ……!」
 ざらついた舌の感触にコノエの体がびくんと跳ねた。舌は唾液をたっぷりと含ませて臀孔を突いては潜り込もうとする。熱い舌と熱い吐息。本気で嫌だと思うのに、コノエの雄茎はそそり勃ち、内股が痛いほど引きつった。
 やはり、いまのライは普通じゃないとコノエは思った。平時は意地が悪いばかりの雄だが、閨でコノエが本気で嫌がることはしない。
「う、ん……っ…は、あ、もう、ほん、とに嫌…だっ」
 切れ切れの訴える声に返されたのは、
「本当にやめて欲しいのなら、そんな色めかした声はださないことだ」
そんな笑いまじりの一言だった。
 やがて舌が離れ、入れ替わりにライの長い指がつぷりと孔に潜り込んできた。
 牙を食いしばってコノエは声を殺す。自分の下肢の有様を見たくなくて目も固く閉じたままだ。けれど指が出入りするたびにたつ濡れた音はコノエの耳に容赦なく忍び込む。ライとの情交に慣れた体はコノエの意志を裏切って、ゆっくりと開かれていった。
「ライ……頼むから…やめ……」
「何故そうまで嫌がる……いいかげん観念したらどうだ」
「だって……いくら離れてて、も……こんな静かな山奥じゃ気づかれるかも…しれないだろっ…!」
 数瞬の沈黙のあと
「なんだ。閨でうるさい自覚はあったのか」
 そう笑いまじりに囁かれた。
 なにか言い返そうとしたとき、ライの両手がコノエの背にまわり、またぐるりと天地が裏返る。
 気がつくと、ライのあぐらの膝にまたがって向かいあわせに抱かれていた。羞恥の極みの格好から開放されてほっと息をついたのも束の間、熱く硬い何かがコノエの尻の狭間を割った。
「……あっ!……」
 それが何であるかなど、コノエの体はとうに知り尽くしている。ライの雄──髪も目も氷のような色をしたライの、唯一朱く熱い部分。コノエの隙間を埋め、コノエを狂わせる。でも、いまは。
「嫌だ……っ!そこまでは……本当……にっ……」
 ライの腕のなかでコノエはもがいた。ライの滾りを受けいれて声を殺さずにいる自信がなかった。
 遠くで鳥がさえずる声まで聞こえるこんな山奥で、自分の声が敵営にまで届いてしまったらと考えると舌を噛みたい気持ちになる。
 しかしライはコノエを両手で戒めたまま小さく唸ると、いきなりコノエの首筋に顔を埋め、牙をたてた。
「……うっ」
 柔らかい首の肉に牙がゆっくりと食い込む。それが皮膚を突き破ることはなかったが、じわじわと痛みは増していく。こういうときに暴れてはいけないという猫の本能がコノエの身を竦ませる。身体が引き絞るように固くなり、冷や汗がじわりと額に浮いた。
 あともう少し力が篭ったら、ライの牙はコノエの皮膚を食い破るだろうという頃。
 やっとライの顎はコノエの首から離れてくれた。
 緊張の反動でくたりと全身の力が抜けた──そのとき。
 臀孔にあてがわれていたライの雄が、一気にコノエのなかを貫いた。
「あ、あぁぁああ─────!」
 悲鳴のような声が止めることもできずに迸った。痛みはさほどではなかったが、いきなり根元まで埋め込まれた苦しさにコノエは絶え絶えに息を吐く。
「ライ……の、……馬鹿………猫……」
 精一杯のへらず口に返されたのは、触れ合うだけのくちづけだった。
「諦めて、お前も愉しめ」
 唇を触れ合わせたまま、そうライが囁いた。
 コノエの返事を待たずに、ライの両手がコノエの腰骨のあたりに添えられる。前後に軽く身体を揺さぶられただけで身の内から甘さが沸いてきた。
「……ぁ、あ」
 コノエがかすかに鼻を鳴らすと、ライは得心したように、ゆっくりと、だがじょじょに勢いをつけてコノエのなかを捏ねあげる。
「あ、ふあ、……っあ……あぁ」
 貫かれる動きに押し出されて切れ切れの声が零れた。それでも少しでもこらえようと、コノエは必死で牙を食いしばる。
「声を出したくないなら……俺の肩を噛め」
 情欲の熱を口調に含んでライが言う。言われるままにコノエはライの肩に縋り、逞しく筋肉が隆起した肩口に思うさま牙をたてた。その直後ライの熱がひときわ激しくコノエを突きあげた。
「……ん……っ────っ!」
 ライの肉がコノエの肉を擦り、コノエの肉がライの肉に絡みつく。抽送は強く、けれど決して乱暴ではない。コノエの快楽の種をたくみに突いてはコノエを高みへと追い立てていく。
「……っ、…っく、……っ」
 じわりとコノエの口中に鉄の味が広がった。ライの肩の皮膚を噛み破ってしまったらしい。すまないと頭の片隅で思いながらも、止めることができない。
「コノエ……っ…」
 ライの切羽詰った呟き。茹りきったコノエの身体がさらに熱をもつ。ライの唇、指、声、その見目までも──ライのすべてはコノエを熱くする。まるで果実をくつくつと煮詰めてジャムを作るように、コノエはライの熱に煮詰められて蕩けていく──
 たまらなくなって、コノエはやおらライの肩から顔を離し
「ライ……っ…ライ……!」
 縋るように叫んだ。
 顔を上向けると、ライと目が合った。潤んで虚ろにも見えるライらしからぬ目だった。けれどそれはひどく艶を含んでいて、身体の奥がぞくりとする。
 ライが見るなと言わんばかりに、いきなりくちづけてきた。
 舌が絡み、まだマタタビの香りの残る唾液が交わされる。甘い鳴き声はコノエの口から零れ続け、荒い吐息はもうどちらのものかわからない。
「悦いか……?」
 コノエの唇の端から伝う唾液を舐めとりながらライが言う。
「悦い……悦いよ……ライ」
 ああ──後できっと死ぬほど恥ずかしい思いをする。思い返して顔から火がでそうになるだろう。
 それでもかまわない。本当に悦いのだから。
 本当にライが欲しいのだから。
「あっ……ライ、ライ……っ……もう……」
 小さく叫んだ刹那、ライの欲望がひときわ強くなかを穿ち、身体の奥が引き絞られる。
「…………っ………」
 耳元でライが息を詰める気配がした。
 なかの圧迫がふいに弱まり、入れ替わりに熱い「何か」が広がった。
「あ─────………あ、っ……あ、く……」
 がくがくと身体が揺れ、一拍おいて、コノエの雄茎から白いものが迸った。
「ん、ひ……あっ……」
 最初は勢いよく、次いでだらだらと。噴き出たコノエの白い精は、自分の幹を伝い、繋がっている部分にまで滴った。
 荒い息を鎮めるように、ライとコノエはお互いの頬を舐め合った。
呼気と鼓動が整うにつれ、頭のなかが晴れていくのを感じた。酔いから醒めたように感じてたのは気のせいだったのだろうか。
 ライがコノエの腰を抱いて、体をずらさせた。まだ硬いままのライの雄茎がぬるりと抜けて、閉じきらない孔から精が滴った。
「う………」
 何度繰り返しても心許ない感覚に、コノエは呻いた。慌てて麻袋をたぐり寄せ、取りだした布で濡れた部分を拭った。
「行くぞ。ぐずくずしていると、無効の時間が過ぎてしまう」
 ライはとっとと身づくろいを終え、洞の外へと出てしまった。コノエものろのろと身を整え、ライの後を追った。
 立ち上がると足がふらついた。さんざん擦られた臀孔の奥が痺れるように疼いている。まったく、これから捕り物に赴こうという状態ではない。コノエはこんなに目にあわせてくれた、数歩先を行くつがいの背中を睨みつけた。
 しかし、きっと自分はこれから、つがいのために良質の歌が歌えるだろうと思っていた。
 身体のあちこちが軋んでいようと、心のほうは、とても安らいで満たされていたからだ。

 その後はじつにあっけなかった。
 小屋には三匹の猫たちがおり、剣を突きつけるライにマタタビが効かないとわかると、あっさり投降した。
 猫たちは皆、痩せていて貧相ななりだった。一応剣は持っていたようだが、それもとても実戦向きとはいえない小剣だった。聞けば皆元々は商売猫で、火楼や刹羅の猫と違い、闘いらしい闘いをしたこともない根っからの街育ちという。
 そばに置くと結局酔ってしまうので、用心棒も雇えなかったらしい。彼らにとってはマタタビだけが身を守ってくれるよすがだったのだ。
 ライは猫たちにいくつかの質問をして、その後金属の錠をそれぞれの手にかけて、山を降りた。
 ライが聞いたところによると、この一件、元締めは別にいるらしい。しかしそれはまた後のことだ。
 山を降りている途中、コノエの近くにいた猫が話しかけてきた。
「あんたは若いけど…あっちのほうは元気なのかい?」
 いきなりそんなことを聞かれて戸惑ったが、とりあえず「まあ……」とだけ答えた。
「そうか……いいなあ。俺は数年前に病気であっちをやられちまったんだが……」
 そう言って猫は目尻に皺を浮かせて笑った。
「いくら雌が少なくて、実際にやれる機会がなくてもな。やっぱり雄が雄で無くなるってのは辛いもんだよ。どこか一本芯がなくなったような、こう、ぽっかりしちまうんだよ」
「………」
「まあ、だからこんな与太に乗っちまったんだな」
 なんと答えていいかわからず、コノエは黙って歩いた。猫のほうもおそらくコノエに答えてほしいと思ってないだろう。
「あんたは若いし。そのうち雌も増えて出会う機会もあるだろうさ。それまで元気でいられるよう摂生しろよ」
 賞金首にしみじみと訓を垂れられ、コノエは目をしばたかせた。説教は嫌いだが何故か不思議とそれは嫌でなく、コノエは笑顔を向け「ありがとう」とだけ言った。

「いやあ。つつがなく終わったようでよかったよかった」
 祝杯のつもりなのか、バルドはやたら大きな杯になみなみと酒を注ぎ、卓に置いた。
「……マタタビさえなかったら、子供の使いより楽な仕事だったな」
 あいも変わらぬ不承面でライが言う。
「だからそのマタタビが問題だったんだろ。少しはバルドに感謝しろよ」
 咎めるようにコノエが言うと、バルドはよほど機嫌がよいのか「まあまあ」とコノエを制して杯を取った。
「……貴様も飲むのか」
「当たり前だろ。今回の件は三位一体、俺たち三匹で片をつけたようなもんだ。一緒に祝うくらいしてもいいだろ」
「勝手にしろ」
 そうして、コノエとバルドは杯を合わせ、ライは当然のように無視をし、ささやかな祝宴をした。
 しばらくバルドの料理をつつきながら酒を飲んでいると、バルドが頬杖を突きながら
「それにしてもなあ」
 木の実を口に含んでいたコノエは、声を出さずに目だけで「何?」と問う。
「マタタビの効きには個人差があるっていうが……効かないのは、ガキ、じいさん、陰萎だろ」
 なんとなく嫌な予感がして、焼いたパンをちぎって聞き流す。
「つまり色気の抜けたやつに効かないってことはだ……逆に好き者にはよく効くってことだよな」
 次の瞬間。
 ライとコノエはそれぞれ横目で互いを見ながら
「まったくだ」
「本当だな」
 ほぼ同時に、そう呟いた。
 コノエの顔に血がのぼり、ライを無言で睨みつけると、ライは憮然としたまま杯を傾けている。
 ひどく心外だが、ライもそう思っているらしい。反論したくても、バルドの前ではそれも叶わない。
 ふとバルドのほうを伺うと、バルドは小刻みに肩を震わせながら必死に笑いをこらえているようだった。

 もうマタタビなんて二度とやるもんか───
 コノエはパンを噛みちぎりながら固く誓った。

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コメント

ライとコノエのラブラブにゃんにゃんに萌えます~
次回作も楽しみにしてます
(`∇´ゞ

投稿: れん | 2008年12月18日 (木) 19時22分

ありがとうございます
ライコノはいくらイチャイチャさせても描き足りませんねー。
また隙を見て何か書きたいです。

投稿: 後藤羽矢子 | 2009年8月 7日 (金) 22時26分

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