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2008年8月11日 (月)

請い願う歌

「お前は髪を伸ばさないのか?」
 突然の問いかけに、コノエは髪を梳く手を止めた。

 刺すような陽の月が、ほんの少し和らいできた夏の終わり。コノエとライは川で水を浴び、その後近くの木陰で濡れた体の毛づくろいをしていた。下衣だけ身につけ、あとは裸というなりで、二匹は肩や腕に舌を這わせる。湿った肌に吹き抜ける水風が心地よい。ついでとばかりにコノエは短剣で自分の濡れた髪を切り梳いた。ここのところ伸びた髪がどうにもうっとうしいと思っていたからだ。
 カガミも見ずに適当に切り、手櫛で髪を梳いては、また伸びでた部分を切り落とした。
 こんなものかと頭をひと振りしたところへ、ライの問いがコノエの背にかけられた。

 コノエが顔をあげると、ライはコノエと同じに上半身裸の姿で、木の幹に背をもたらせていた。
 問いかけの意味がわからず、「何?」と問い返すと白猫は呆れたように目を眇めた。
「お前は賛牙なのに髪を伸ばさないのかと聞いているんだ」
 驚きにコノエの耳がピンと立ち上がった。
「さ、賛牙って髪を伸ばさなきゃいけないものなのか!?」
「別に必ずそうしなくてはいけないわけじゃない。ただ、髪には色々なものが篭りやすい。念や願、魔術の媒体に使われることもある。だから賛牙や魔術師には髪を伸ばしている者が多いと聞く」
「髪を伸ばすと歌の力が強くなる……のか?」
「さあな。俺は賛牙じゃないから知るわけがない」
「アンタな……!」
 知りもしないのに、まるで見てきたことのように言い切るライにコノエは呆れた。しかしその話は傾聴する価値があるような気もした。たしかに皆ではないが、賛牙には長い髪の猫が多い。ほんの少しでも自分の力が増すものなら、どんなことでもやろうと常から思っていた。髪を伸ばすことで力の足しになるなら安いものだ。
 それにしても。
「アンタは……なんで髪を伸ばしてるんだ?闘牙なのに」
 闘いの場において、長い髪というのは不利なことのほうが多い。視界を阻む場合もあれば、敵に掴まれることもあるだろう。ましてライのような白銀の髪は、身を潜めるときに悪目立ちする。
 しかしライはフンと鼻で笑い
「髪ひとつで苦戦するような闘牙なんてロクなものじゃない」
 そう言って、肩にかかる濡れ髪を後ろへはらった。
 つまりライは不利をものともしない自分の力を誇示するために、髪を伸ばしている……ということなのだろうか。
「アンタらしいな」と言ってコノエは笑った。しかしそれだけではないとこっそりと思ってもいた。

 身を飾る──いわゆる洒落っ気というものがコノエにはほとんどない。
 火楼では猫たちは皆飢えていて、身なりに気を回す余裕はなかった。見栄えというものを気にするとしたら、それは剣の大きさや体躯の逞しさ──雄としての強さを誇示するためであり、自分を美しく見せようという概念は、雌のいない村では無用のものだった。
 しかしライはそうではないと、一緒に旅をするようになってから、コノエはうすうす感じていた。
 服にしろ武器防具にしろ、ライが選ぶものはどれも意匠が凝らされている。柄の彫りこみや打ち出した飾り。それらは華美を押し出すことなくライの美しさを引き立てた。長い髪にしてもそうだ。あの煌めく白銀は見せつけるだけの価値がある。そしてライもそれを自覚しているのだろう。美しさも誇っていい雄の力のひとつだということを、コノエはライによって知った。
 ふと、耳のあたりにぬくもりを感じた。
 いつの間にかライが間近に来ていて、コノエの耳に唇を寄せていた。
「馬鹿が……こんなやたらに切る奴があるか。次に切るときは俺に言え。少しはマシなものにしてやるから」
 そう言って、コノエのふぞろいに乱れた髪に手をさしいれた。
「切らないよ……俺も伸ばすことにする」
「そうか」
 自分には誇る見てくれなどはないが、賛牙として誇れるものは持ちたい。コノエがそう思うと、まるで考えが伝わったかのようにライの舌が労わる動きでにコノエの耳を這った。

.

.

.

「コノエ。もうそれ10回くらいやってる」 
 トキノがカウンター越しに笑いながら言った。
「それ」とは前髪を手ではらう仕草のことで、髪の毛がまたうっとうしく感じるほど伸びてきたことにコノエはようやく気がついた。
 髪を伸ばすと決めてから半年近くが経つ。春祭りの準備で慌しくなってきた藍閃で、ライは情報収集、コノエは買いだしと、それぞれ動いていた。買いだしの最後にトキノの店に寄って他愛ない世間話に興じていたところだった。
「ああ。髪伸ばそうと思ってるんだ。でも慣れないとやっぱり邪魔だな」
「髪伸ばすんだ。ライさんが長いの好きなの?」
 しれっと言い切るトキノに、コノエは慌てて眼前で手を振った。
「違う!賛牙や魔術師は髪を伸ばしてるって聞いて……!」
「ああ。それなら聞いたことあるよ。髪には念がはいるっていうよね。だからお守り代わりに髪を伸ばすんだって。商い猫にも縁起かつぎに伸ばしている猫はいるよ」
 その程度のものかと、コノエは少し拍子抜けした。しかし考えてみれば目に見えて力が向上するものなら、もっと皆が皆、髪を伸ばしているはずだ。
「そうか……」
 言いながら、またコノエは目にかかる前髪を無造作にはらっていた。
「コノエ」
 トキノが苦笑しながら立ち上がり、後ろの棚をかき回していたかと思うと、何かを手にしてコノエの前に向き直った。
 それは黒光りする飾りのようなものだった。
 トキノはコノエの前髪を手で撫でつけ、左の額際にぱちりと飾りをつけた。
「これなら邪魔にならないだろ?」
 そう言ってトキノは手のひらほどの大きさのカガミをコノエに渡した。
 カガミで見ると、それは花の形をした髪飾りだった。材質は木でできているのか軽い。しかし表面に施した黒い塗料はおそらく高級なものだ。少なくとも火楼ではこういう細工をしたものは村猫が持てるものではなかった。
「コノエにあげるよ」
 なのに、友猫は屈託なくそんなことを言う。
「だって、これ……高いものだろう?」
「いいよ。これ、ずっと売れ残ってるんだ。じつを言うとさ……雌物の飾りなんだよね。だからいまの時勢じゃ買う猫もいなくてさ……」
「だからって、貰っていいものじゃないだろ」
「いいんだよ。物っていうのは使ってもらうことが一番嬉しいんだから」
 その後しばらく二匹は言い合いを続けたが、結局コノエが折れた。「いつか何かの形で返すから」とコノエが言うと、トキノは「じゃあ今度行商にでるとき護衛してもらおうかな」と言って笑った。
 トキノの店を出て、街を歩く。目にちくちくとかかっていた前髪がまとまっただけでも、ずいぶんと気分がいい。春宵でさざめく猫波をかきわけて、コノエは足取り軽くバルドの宿へ向かった。
 定宿の親父は夕食の支度をしているのか、受付には誰もいなかった。カウンターにひろげっぱなしの宿帳に、戻ったことを知らせる印だけつけて、コノエは階段をあがった。
 自室のノブに手をかけると、鍵はかかっておらずライは先に戻っているようだった。
「ただいま」と告げてコノエが部屋にはいると、ライは寝台の上で剣の手入れをしていたが、コノエのほうをちらりと見やると、みるみる眉間にしわを寄せた。そのあからさまな表情の変化にコノエは一瞬たじろぐ。
「何だそれは」
 唸るように低く、ライが問いかける。
「それ」がコノエのしている髪飾りを指していることに気づくのに数瞬かかった。街を歩いている間に身につけていることとも忘れていたのだ。
「ああ……トキノに貰ったんだ」
 ライが放つ怒気の理由はわからなかったが、とりあえず気圧されないよう、なんでもないことのようにコノエは答えた。
「……それは雌の身につけるものだろう」
「そうらしいけど……別にいいだろ。髪が邪魔にならなければなんだって」
 コノエがそう言うと、ライは呆れと苛立ちをないまぜにしたようなため息をついた。
「馬鹿か。髪留めなら、もっと質実なものがあるだろう。何故わざわざそんな喋喋しい物をつける」
 これには、コノエもかちんとなった。
「トキノのくれた物、悪く言うなよ」
「身なりにかまわないのも大概にしろと言っているんだ」
「だから!そんなこと言われなきゃいけない物でもないだろ!」
「以前にも、花冠をつけて帰ってきたことがあったな。唯々諾々と。お前はトキノが寄こす物なら何でもいいのか?」
 言いながら、ライはコノエの前に歩み寄った。コノエの頭ふたつ分の高さから睨みおろすライに負けじとコノエもライを睨めつける。
「それをはずせ」
「いやだ!」
  コノエが言い返すとライは不機嫌を隠さぬまま、無言でコノエの額に手を伸ばして髪飾りを掴んだ。ライの横暴に軽くショックを受け、コノエは反射的にライの手を強く叩く。外された髪飾りがその衝撃で飛ばされて、弾かれるような音をたてて床に落ちた。 
「あ……」
 慌てて、落ちた髪飾りを拾ったが、止め具の部分がはずれ、飾りの花びらが欠けてしまっていた。コノエは顔だけで振りかえり、ライを睨むと「アンタ、最低だ!」と吐き捨てて、戻ってきたばかりの部屋をまた飛び出した。
 日が落ちても、まだ猫たちがそぞろ歩く街を抜け、コノエは森の入り口近くの野原まで走り続けた。膝が笑って息があがる。これ以上動く気にもなれずコノエは草むらに寝転がった。それでも腹立たしさだけは、いっこうに収まる気配がなかった。
ライが傲岸不遜なのはいつものことだが、今日はそれ以上に高圧だと感じた。口や態度が悪くても、ライはコノエの考えや行動をいつもはそれなりに尊重してくれているのに。
 しばらくぼんやりと夜空に浮かぶ陰の月を眺めていたが、淡い月明かりも心を鎮めてはくれなかった。
「馬鹿猫……馬鹿猫!」
 ライの口癖をやや感情的に真似て、コノエはゆっくりと半身を起こした。また髪の毛が目にかかって煩わしい。
 もう……切ってしまおうか。コノエは毛先を指で弄りながらぼんやりと考えた。
 もともとお守り程度の意味しかない。まして悶着の火種になるのなら。コノエは懐から戦闘用とは別の、生活道具としての小剣を取り出した。
 前髪をひと房掴んで、刃を当てた。そのとき。
「やめろ馬鹿猫」
 静かにたしなめる声が頭上から降った。
 振り返ると、ライが腰に手を当てこちらを見下ろしていた。草を踏む音すら感じなかった。自分が無防備なのかライが敏捷なのか。決まり悪さにコノエの耳が伏せられた。
「お前は何かあるとすぐここに来るな」
 語尾にほんのかすかに安堵の色を感じたような気がした。
「追って来てほしかったのか?」
「違う!」
 強く否定したものの、「何も考えていなかった」という本当の理由も情けないものだ。コノエが顔を膝に埋めて黙り込むと、ライの気配がコノエの背に近づいた。ライもコノエの後ろで腰をおろしたらしい。
 数瞬、互いの間で沈黙が流れる。
 ふいにライの指がコノエの髪に触れてきた。驚きに尻尾が立ちあがる。ライは「じっとしてろ」と呟くと、長い指でコノエの髪を梳く。やがてライの指は繊細な動きでコノエの髪を編みこみ始めた。
 伸びた前髪を横に流し、後ろ髪とまとめるようにして編みこんでゆく。くすぐったさに耳がぴくぴくと動きそうになるのをコノエは背筋を伸ばして懸命にこらえた。
 髪を編む手が止まり、 最後に裾の毛を紐か何かで縛られているような感触がした。「できたぞ」の声にコノエは、後ろ髪に手を伸ばした。
「あ……」
 まださほど長くない髪で作った編みこみは、小魚のように細く小さかった。しかしその裾を括っているものの感触に覚えがあって、コノエは慌てて結い髪を自分の目の届くところまで引っ張った。
 それはトキノがくれた髪飾りだった。止め具の部分は壊れてしまったままなのか、飾りの部分に小さな穴を開けて、紐を通してある。
「これ……」
 コノエがライのほうへと振り返ると
「雌の物でも、この位置ならさほど目立たんだろう」
 そう言って立ち上がり、さっさと歩き出した。
「宿へ戻るぞ。腹が減っているんじゃないのか?」
 そう声をかけられて、コノエも慌ててライの後を追った。
 怒りはコノエのなかですっかり萎んでいたが、まだ釈然としないものは感じていた。もともと悪いのはライのはずなのに、駄々っ子を嗜めるような態度をとられているのが忌々しい。
 しかしいまはそれを咎める気にはなれなかった。
 ……本当に、どうしようもなく空腹だったからだ。

 宿に戻ると、ライはまっすぐに部屋に行ってしまった。あいかわらずバルドの料理は食べないという意思は貫いている。コノエが食堂に向かうと、夕食の時間はもう過ぎているらしく、酒盛りをしている猫たちが数匹いるだけだった。
「バルド、悪いけど何か食べるものあるか?」とコノエが厨房のカウンター越しに声をかけると、「おう持ってってやるから、席について待ってろ」と鍋のほうを向いたままバルドは答えた。
 コノエが卓につくと、しばらくしてバルドがシチューとパンを乗せた盆を持ってやってきた。
 「ほらよ……ん?」
 料理を卓に置きながら、バルドはコノエの髪に目をやった。
「何だ。ずいぶん可愛くなってるじゃないか」
 そう言って、目を細めて笑うオヤジ猫を横目で睨んで、コノエはわざとらしくため息をつく。
 世話好きな宿屋の主人は、案の定「どうした?」と訊ねてきた。
 そしてコノエは、さっき起こったことをバルドにかいつまんで話した。いまひとつ晴れない気分を、バルドに愚痴ることで何とかしたかったのかもしれない。バルドもライの頑固さに日ごろから苦労させられているし、わかってくれると思ったのだ。
「まったく……しょうがねえなあ」
 話をひととおり聞いたバルドが、あごをぽりぽりと掻きながら呟いた。
「だろ?」
 我が意を得た気分でコノエはシチューを口に運ぶ。
「コノエは」
 むせそうになった。
「お、俺が?」
「お前だけじゃない。トキノもだよ。まったく雌のいない世代のやつらは、色恋の手管に疎くていけねえなぁ」
 そう言ってバルドは、肩に手をあて首を左右に振った。
 色恋の手管、などという言葉がいきなり出てきて、コノエは返す言葉がない。トキノから髪飾りをもらったということからどう飛躍するとそうなるのだろう。
 話が長くなるのだろうか。バルドが椅子を引いてコノエの正面の席に座る。
「飾り物を贈る、という意味をお前らはまるで考えちゃいないのな。ああいう物は気のある相手に贈るって相場が決まってんだよ」
「そ……そうなんだ……」
「俺の贈ったこの飾りで、いっそう綺麗になってください。俺のために。愛しい猫よってそういう意味が込められているんだよ」
 やや芝居がかった口調でバルドが言う。コノエは頭のなかで考えをまとめるのに必死でそれに突っ込む余裕もなかった。
 バルドの話とライの態度、それらを合わせるとひとつの答えが浮かぶのだが、でも……まさか。
「その……じゃあ……ライが怒っていたのは……」
「やきもちに決まっているだろ。わかってやれよ。そんなことぐらい」
 あっさりと言い切られ、コノエの顔に血がのぼった。
「だって、俺とトキノはそういうのじゃ全然ないし!それはライだってわかってるはずだ」
 コノエが顔の熱を散らすように口早にそう言うと、バルドは頬杖をついて笑勝ちな視線をコノエに向けた。
「惚れちまえば、友達だろうが親だろうがみんな嫉妬の対象になるのさ」
 今度こそ、口もきけないほどコノエの頬が熱くなった。バルドに愚痴るつもりが、これでは惚気ではないか。いたたまれなくてコノエが俯くと、バルドの大きな手がコノエの頭をあやすように撫でた。
「綺麗に結いあげられてるな。その髪。あんたが邪魔そうにしてたから編んでやった……だけじゃないって、わかるよな?」
 卓の木目に目を当てたまま、コノエはうなづいた。

 胸が詰まって食欲の失せた腹に、なんとかパンとシチューを詰め込んで、コノエは部屋へと戻った。そっと扉を開けると、ライはさきほどと同じに剣の手入れをしていた。しかし今度はコノエのほうを見ても眉を寄せたりはしなかった。またすぐに視線を剣に戻し、なめし皮で刀身を磨き始める。
 言いたいことはたくさんあったはずなのに、いざライを目の前にするとなんと声をかけていいのかわからない。コノエは寝台に腰かけ、のろのろと装備をはずして時間を稼ぐ。
 ライが短剣のほうも磨き終え、鞘に収めるのを見て、コノエは観念して口を開いた。
「あの……」
「何だ?」
「その……ライ、ごめん」
 そう言うと、ライはコノエを横目で睨み、「あいつに何か余計なことを吹き込まれたか」と小さく舌うちした。
「俺……ライが何で怒ってたのかわからなくて、それで俺もカッとなって……」
 ライが無言で立ち上がり、コノエの隣に座り直した。コノエの顔を覗く薄青の目は細められて剣呑な光を放っていた。
「俺が何故怒っていたか、いまはわかるのか?言ってみろ」
 そう言われてコノエは口ごもった。さすがにライを目の前にして「ライがやきもちを妬いていたから」などと言えるわけがない。自分のうかつさを呪いながらコノエが黙っていると、さっき髪を優しく梳いた手が今度はコノエの鼻を無遠慮につまみあげた。
「俺が怒っていたわけは───」
 煉獄から響いてくるような声音だった。
「お前が、馬鹿で、子供で、どうしようもない考えなしだからだ」
 そう言って懲らしめるようにコノエの鼻を捻りあげた。
「そうだな……ごめん」 
 ライの指が離れ、痛む鼻先を指でさすりながら、コノエは素直にそう呟いた。
 ライの目から険が落ち、次いで苦笑に細められた。
「春だというのに、雪でも降りそうだな」
 それには言い返さず
「髪……ありがとう」
 一番伝えたかったことをコノエは言葉にした。
 しばらくの間、二匹の間に沈黙が降りた。けれどそれは、先刻のように気詰まりなものではなかった。
やがてライの手がそっとコノエの頤を捉え、顔を上向けさせた。白い睫毛に縁取られた薄青の目がコノエの顔を鑑賞するように見つめている。
「……こうすれば田舎猫もいくらかましな見場になるな」
「ありがとう」
「皮肉も通じないか」
「皮肉じゃないんだろ?」
 ライはそれには答えず、静かに唇をコノエのそれに寄せた。

.

.

 
 物言わぬライの唇は、とても優しい。
 コノエの唇の端、左右交互にくちづけ、上唇を啄ばむ。舌で唇の縁をなぞり、軽く吸う。
 堪らなくなったコノエが口を薄く開けると、ようやくライの舌はコノエの咥内に忍び込んできた。
 くちづけだけで、頭の芯がじわりと痺れた。もっと欲しくてコノエはライの肩に手を回して縋りついた。
「ん……っ…あ、う、ん」
 コノエの背に回されたライの手が、撫でるように尻まで滑りおりてきた。そして器用にコノエの腰巻の結び目をほどこうとする。
「あ……ライ……」
 唇をわずかに離し、互いの吐息がかかるほどの距離でコノエは小さく「自分で脱ぐから……」と呟いた。
 うなづくようにライが目を伏せて体を離し、おもむろに服を脱ぎ始めた。淡い月明かりに照らされるライの体躯、筋肉の隆起とそれに不似合いな白い肌。コノエは服を脱ぐ手を止めてその美しさに見蕩れていた。
「鈍間だな。やっぱり脱がせて欲しいのか?」
 素裸になったライに言われて、コノエも慌てて裸になった。春とはいえ、夜の空気が少し肌に寒い。しかしそれも一瞬だった。ライの腕に抱きこめられてたちまち体は熱くなった。
 もう、この体にライの指が触れていない部分はないのではとコノエは思う。
 それほど、ライは執拗にコノエの体を撫でまわす。そして普段、自分で触れたところで何も感じない部分──肘の裏や指の股、そんなどうでもいいところまでが、ライに触れられると震えるほど心地よかった。
「ラ……イ……」
 逞しいライの体の下で、コノエはねだるような声音でその名を呼んだ。
 ライの指はコノエの体のそこかしこを撫でているが、一番悦いところにまだ触れてくれない。
 コノエの下肢にライが視線を落とすと、そこはひくひくと揺れながらいきり勃ち、先端に透明に雫を浮かせていた。かすかな笑声とともにライがそこに人差し指を当て、ぬるぬると粘りを先端に塗り広げた。
「あっ……あ、や、いや…だ!」
 からかうような仕草でも、待ち焦がれていたそこには充分な刺激だった。コノエは危うく達しそうになるのを牙を食いしばって堪えた。なのに次の瞬間、先端から幹までをライの咥内に包まれて、コノエはあっけなく波にさらわれた。
「あああっ……っうっ……く」
 ライの咥内に放ちたくなくて、コノエは震えながら身を捩った。けれどライは自分を放してくれず、あまつさえ咥えながら、舌を先端にこじ入れ吸いたてる。強烈すぎる快感に、涙と唸りが一緒にでた。
 ライがやっとコノエを開放して、また覆いかぶさるように体を重ねてきた。コノエの涙を舐めとり、熱を冷まそうとするかのように何度も頬にくちづける。
 荒い息をなんとか整え、コノエはライに「俺も……したい」と懇願のように呟いた。
「好きにしろ」とライがコノエの隣に体を横たえると、コノエは上体を起こし、体の向きを変え、這うようにしてライの下腹部に顔を寄せた。
 薄紅色のライの屹立。見ているだけで、去ったはずの疼きがまた甦る。先端にくちづけると、
ライの腹筋が大きく上下した。……感じているのだろうか。
「…………」
 はしたないことに、たったそれだけのことでまた勃起してしまった。羞恥をごまかすように、コノエはライの肉茎を奥まで咥え込み、必死で舌を絡ませた。幹の部分の隆起がさらに硬さを増し、ライのものに同調するようにコノエの雄も硬くなる。
「ぅ、うん……ん、ふっ…う」
 くぐもった水音と、甘い声が口の端から漏れた。咥内の粘膜を性器に擦られて感じている、なんて自分は淫らなのだろうかと思う。
「コノエ」
 ふいに掠れた声で名を呼ばれた。
「ライ……?」
「足をこっちに向けて跨れ」
「………嫌だ……」
「いいから早くしろ」
 羞恥を堪えて、コノエはのろのろとライの上体を跨ぐ格好になった。恥ずかしい部分すべてがライの眼前に晒されるのが嫌で、コノエは尻の谷間を尾で隠そうとしたが、ライの無情な手がそれを掃いのけた。顔に熱が集まるのを感じて、またコノエは縋るようにライの肉茎にむしゃぶりついた。
 ライの手がコノエの足の間を割り、雄茎をやんわりと掴んだ。
「んっ………!」
「もう、こんなか」
 言いながら、ライはコノエの雄を扱きたてた。さらに空いた手でコノエの尻を撫でる。ややあって油のような滑りが窪みに落ちて、同時にライの指が潜り込むのを感じた。
「……!っ……う………んん!」
 体の奥が引き絞られるような快感に、頭が眩んだ。コノエは口中のライの雄茎に牙をたてないよう耐えながら、それでも夢中で口淫を続けた。
 雄の一番感じる部分を舌で愛撫しているというのに、コノエの孔をほぐすライの指は、ひどく落ち着いているように感じる。やさしく、ゆっくりと中を掻きまわし、ときおり快楽の種を指で擦りたてる。ライの余裕が忌々しいが、コノエの我慢もそろそろ限界だった。
「ライ……っ…も、も…う……」
 雄茎から顔を離し、どうしようもない疼きをコノエはライに訴えた。ライの指がするりと抜けたのを合図にコノエはまた体の向きを変えて、ライと見つめあう形になった。
 落ち着いていた指の動きとは裏腹に、ライの表情はひどく乱れていた。
 眉根を寄せ、瞳は潤み、頬にはしっとりと汗を浮かべている。
 ライも感じていたのかと思うとうれしくなって、コノエはこの日何度めかのくちづけをした。
 ライの腕がコノエを抱きながら、その体をそっとシーツへと横たえる。コノエの両足を開き、そのはざまに身を割り込ませ、二匹を繋ぐ部分を触れ合わせた。
「あ……あ、あ……っ」
 熱い塊が、コノエのなかにはいってくる───
 不思議なものだとコノエは思う。こんなに苦しいのにとても満たされている。多幸感と切なさを同じだけ感じている。早くいきたいと思うのに、永遠にこの時間が続けばなどと願っている。
 ライが動き始める。敏感な粘膜を容赦なく擦られてコノエは啼いた。
「コノ……エ……」
 荒い息で囁かれて、コノエが薄目を開けると、ライは快楽を享受した顔で、コノエをじっと見つめていた。
 暗闇のなかで青白く光る白銀の髪、白い肌、白い睫。その縁を飾る小さな水滴。
 こんなに美しい雄と……いま、自分は、繋がっている……。
 コノエは揺さぶられながら、そっとライの頬に手を伸ばした。
 かすかに訝しむ視線を落とすライに、コノエは快楽に眉を寄せたまま微笑んだ。
「アンタは……すごく……綺麗だ」
 コノエがそう言うと、鼻で笑われ「馬鹿か」と言われた。
 それでも、その直後にライがくれたくちづけは、とてもとても優しいものだった。

.

.

.

 その後、何度か賛牙の歌を歌う機会があったが、やはりお守り以上の効力は得られないようだった。
 しかし、もう髪を切ろうとコノエは思わない。
 毎朝、ライに髪を結ってもらうのが日課になった。ライに「いくらかマシな見場」にしてもらうのはくすぐったくていい気分だ。
 これから少しづつ伸びていくこの髪に、他愛のない日々の思いが刻まれていくのも悪くはない。
 そして髪は願掛けにもなるというなら。
 自分はひとつの願いをこの髪に託し続けよう。

 
 いつまでも、ずっと。
 この身がライと共に在るように。

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