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2007年12月 8日 (土)

約束の歌

 床の上に、季節はずれのどんぐりがひとつ、落ちていた。

 おそらくアサトの部屋から転げてきたものだろう。床掃除をしていたコノエはそれをつまみあげて階段のほうに目をやった。
「アサトのヤツ、朝飯食いにこなかったなあ」
 食堂の卓を乾拭きしていたバルドの声がコノエの背にかけられる。
「ああ……自分から来ないときは飯はいいってことだから起こしにこないでくれって言われてた。だから、そっとしといたけど……」

 冬の祭、暗冬が終わって三日月巡り。
 客が引けたあとの宿屋に残った膨大な洗濯物をバルドとコノエ二匹がかりでやっつけて、今日はこころもちのんびりと掃除にいそしんでいた。塵ひとつない床にシンとした空気。いよいよ冬が始まるのだと感じさせるこの静謐な雰囲気がコノエは好きだった。
 しかし──
まだこの宿にはアサトがいる。そしてアサトがいることをまるで感じさせない二階の静けさにコノエはわずかに不安を感じた。
「ここの拭き掃除が終わったら昼飯にするが、アサトも呼んでみたらどうだ?いくら猫が、寝子だからってそろそろ起きてもいい頃だろう」
 コノエはうなづいて、静かな足取りで二階に向かった。
 アサトがこんな時期までバルドの宿にいるのには理由があった。

 外の世界を旅するようになったアサトは、年に数回短い間、バルドとコノエが営む宿屋に逗留する。コノエにとってアサトに逢えることはもちろん、自分の見知らぬ世界の話を聞くことも楽しみだった。
 しかしアサトの話は、およそコノエをわくわくさせるものにはならなかった。
「鳥唄、行ってきたんだろ?どんな所だった?」
「……広かった。猫は藍閃ほどいなくて、あと、池があった」
 鳥唄が他の場所に変わっても、同じようなものだった。
「海をみた。広くて、黄色かった」
「狭い村だった。赤い木があって、それは綺麗だった」
 だいたいがこんな感想だった。
 コノエは、それもアサトらしくていいと思ったが、アサト自身もどかしさを感じていたらしい。あるとき彼は見聞を絵にすることをし始めた。
 赤い葉、黄色い葉、茶の木の皮、色とりどりの花。
 それらを小さくちぎって丁寧に貼り合わせることで、アサトは見てきた景色をコノエに伝えようとした。
 元々手先の器用なアサトの作るそれは、市場で売っても遜色ないほどの見事な出来だった。「どうだろう……」とおずおずと問うアサトに、コノエは「すごい、本当にそこの景色見てるみたいだ」と笑顔を向けた。
 その絵を宿に飾りたいと言い出したのはバルドだった。
「もう少し大きい紙で。ああ、もちろんタダとは言わん。絵が出来るまでの間いくら居座っても宿賃は取らん。美味い飯もたくさん食わせてやる。どうだ?」
 バルドの持ちかけにアサトは「コノエがそうして欲しいなら」と答えた。
 コノエもアサトの絵は欲しいと思ったので、素直にその意を伝えた。

 そういうわけで、アサトは暗冬の終わったあとの藍閃にまだ滞在している。
 バルドが用意した紙は、最初にコノエがもらった絵の倍はあろうかという大きさで、そのぶん時間もかかっているようだ。
 根を詰めてなきゃいいんだけど……コノエは胸のなかで呟くと、アサトの部屋の戸を控えめに叩いた。
「……アサト?」
 返事はない。
 まだ寝ているのだろうか。……もしかしたら具合を悪くしているのかもしれない。少しの逡巡のあと、コノエは「はいるぞ」と声をかけて、そっと戸を開けた。
 ふたつ並びの寝台、その片方は寝具を剥がされ、底板がむき出しになっている。どうやらそこを作業台にしているらしい。
 その隣、窓際の寝台にコノエが目をやると、アサトは毛布もかけずに背を丸めて荒い息を継いでいた。
「アサト──!」
 コノエは足早に駆けより、アサトの背に触れた。体が熱い。やはり常態ではない。……朝食のときに無理にでも呼びにいけばよかった。そうすればもっと早くアサトの異変に気づけたのに……。コノエは歯噛みした。
「アサト、いまバルドに言って薬もらってくるから。少し待ってろ」
 そう言って踵を返したコノエを
「……いい」
 アサトの掠れた声が引き止めた。
「いいって、そんな苦しそうで……」
「いつもの、あれだから……」
「あ……」
 そう言われて思い至らない猫は、この祇沙にはいないだろう。
 発情期か──
 七日月を二周するほどの間、猫たちを惑わせる期間、コノエとバルドの発情はかなり後のほうに来るので、すぐには気づかなかった。確かに猫によっては、そろそろ発情期にはいっている者もいるはずだ。
 しかし、発情期とわかったところで、何をどうすればいいのか……戸惑い、コノエは「苦しいか……?」と詮もないことを聞いてみる。
 アサトはシーツに埋めていた顔を少しだけ傾け、コノエのほうを見た。
「……藍閃は、猫の匂いがたくさんして……それが、辛い」
「匂い?」
「いつもは……猫のいない森のなかで過ごす。そうすれば少しは楽だ。猫の匂いは発情の波を高く、する」
 コノエの胸がチクリと痛んだ。こうなると知っていて、何故アサトがこの時期まで藍閃にいたかといえば、もちろんそれは自分のせいだ。自分が欲しがった絵を完成させるために、アサトは藍閃に留まり、そして発情の熱に浮かされている。
 まったくもって発情期は厄介だ。
 リビカの祖先の片割れ「猫」は決まった時期にしか交尾をしなかった。そして、もう一方の祖先「二つ杖」はいつでも発情し、いつでも交尾ができたと聞く。
 リビカは、その両方の特性を受け継いでいるのだ。
 普段の情欲と発情期のそれは、まったくの別物であって、たとえ前日にたっぷり情を交わしていたとしても、発情期がくれば湧き出る欲に身悶えることになる。まだ雌の少ない祇沙では無用の長物と言うほかない。
 アサトが大きな溜息を吐いた。
「……大丈夫だ。俺は平気だから……仕事の邪魔をして、すまない」
「アサト……」
 助けてやりたい、楽にしてやりたい。コノエの胸にそんな気持ちが湧きあがった。自分のせいで苦しんでいるアサトの姿を見て、仕事に戻ることなどできなかった。
 とはいえ、楽にできる方法など、たったひとつしかない。
 どうするか、頭のなかで問いかけ問い返す。逡巡する気持ちに蹴りをつけたのは、アサトの苦しげな吐息だった。
「あの……な、アサト……」
 俯いて床に視線を当てながら、コノエは呟いた。
「楽になる、やり方……知ってるから」
 気恥ずかしくて、アサトが何か答える前に、コノエはアサトの寝ている寝台に乗りあがった。
「お前は仰向けになってろ。……もう少し足開いて」
 わざとぶっきらぼうに言って、コノエはアサトの肩を掴む。アサトは表情に惑いを含んだまま、コノエの言うとおりの格好になる。
 アサトの足の間にコノエは膝をついて座った。ほんの数瞬、二匹の間に沈黙が降りる。それもまた気詰まりで、結局コノエのほうが口を開いた。
「……俺のやる事、覚えろよ。自分で解消できれば、もう苦しいこともないと思うから」
 そう言って、アサトの下衣に手を伸ばした。アサトの体がビクリと竦むのを感じたが、かまわず留め金をはずし、下肢を包む布を引き下げた。
「コ、コノエ……!」
「いいから」
 当然のことだが、アサトの雄茎はすでに固くそそりたっていた。アサトの肌に紅を差したような色のそれ。幹に血管を浮かせて、ひくひくと震えるさまは、そのままアサトの苦しみを代弁しているように見えた。
「……」
 突然、コノエのなかに羞恥と後ろめたさがこみあげてきた。色も形もバルドとは違うそれを目の前にして、いまさらバルド以外の雄と淫事を行おうとしている自分に気づく。
 しかし、コノエはその後ろめたさを胸のなかで振りはらった。
 雌の少ない祇沙で、ゆきずりの相手と発情期の解消をし合うのは珍しいことじゃない。バルドもそう言っていたし、そもそもバルドと初めて身体を繋げたもの、そういうなりゆきだった。
 苦しい相手がいて、助けてやりたい自分がいて。それだけのことじゃないか。
 口にださず呟いて、コノエはアサトの雄茎に手を伸ばした。
 五本の指で、そっと幹を包む。そしてゆっくりと手を上下させる。
「あっ……コノエ……っ」
 アサトの掠れた声がする。悦いのか悪いのか、声だけでは伺えない。けれど恥ずかしくてコノエはアサトの顔を見られずにいた。
 しかたなく視線を、手のなかの嘘のつけない場所へ注いだ。
 コノエの握る力を弾き返すような弾力と先端から滴る粘る雫は、確かな快楽を伝えていた。……嫌がっていない……。コノエは安堵してアサトの雄をさらに扱きたてた。
 掌で先端をくるんで滴りを受け、それを幹になすりつけて潤滑とする。空いたもう片方の手で袋を優しくさすってやる。アサトを射精に導くだけが目的ではあるが、どうせならできるだけ気持ちよくなって欲しいとコノエは思った。
「あっ……く、……あ、あっ……コ……ノエ」
 アサトの切れ切れの、吐息のような声が耳に忍び込む。コノエの背筋がざわりと戦慄いた。
「いいのか……?アサト……」
 そうアサトに問う自分の声までが、変に甘く聞こえた。
「すごく……いい……こんな、の……初めてだ……」
 アサトはてらいもなく快感を口にする。自分の手管に相手が悦喜の声をあげるのを聞くのは、なかなかいいものだとコノエはぼんやりと思った。閨を共にするとき声を噛み殺そうとするコノエを、意地が悪いほど追い立てるバルド。普段はエロ猫としか思わないが、その気持ちがいまならわかるような気がした。
 そして……もっと聞きたいと思った。
 アサトが自分の与える快楽にあげる声を。
 アサトの熱を絞りあげるコノエの手が止まった。
「コ……ノエ?」
 ふいに立ち消えた快楽に、アサトが不安げに呟いた。コノエはちらりとアサトに目をやったがすぐに俯いて
「……アサト、絶対、こっち見るなよ…」
「……?……」
「いいから……お前は天井でも見ていてくれ」
 そう言って、ゆっくりと頭をかがめ、濡れて光る雄茎の先端に唇を寄せた。
「……!コノエ」
 アサトが短く叫んで息をつめた。かまわず先端をゆっくりと咥えこむ。咥内の粘膜にアサトの熱と脈動が伝わってくる。一方的に奉仕しているだけのはずなのに、コノエは身体の中心からむず痒い熱が湧いてくるのを感じていた。
「……ん、んう……っ」
 頭を緩く上下させながら幹に舌を這わせた。温い先走りを唾液と共に啜りこんだ。目を閉じたまま夢中で口淫を続けていると、ふわりとコノエの耳を温もりが掠め、アサトの指が梳くようにコノエの髪に滑り込んできた。
 コノエが目を開けると、アサトもいつの間にか顔を傾けてこちらを見つめていた。しっかりと目が合ってしまい、コノエの顔に一気に血が集まった。
「バ……バカっ!見るなって言っただろ……っ」
 うろたえてそう叫ぶと、アサトはコノエ以上に狼狽の表情を浮かべ
「すまない……でも、コノエが……あんまり、綺麗だから……」
 荒い息のなかで、そう言った。
 すまないと言いながら、アサトの潤んだ目はコノエから逸らされそうにない。
 熱くヒリヒリするような視線を受けながら、コノエは観念して頬に当たっていたアサトの雄茎を再び口に含んだ。そしてなかば開き直る気持ちで、コノエもアサトを見つめ返す。くびれの部分にねっとりと舌を這わせると、アサトは面白いほど敏感に反応してくれる。眉根を寄せ、牙を食いしめるその表情を見て、コノエの下肢も熱くなっていく。
「アサト……いい……か?」
「いい……すごい……ほんと、うに……すご……く」
 アサトの袋の部分が、引きつるように収縮している。極みは近い。コノエは追い打ちとばかりに雄茎を喉奥まで含みこんで、口の粘膜全体でアサトの欲望を扱きたてた。
「あ!あ……あっ…コ、コノ……う、うあっ」
 コノエの頭に添えられていたアサトの手が、縋るようにコノエの髪を掴んで握り締めた。かすかな痛みにコノエが眉を寄せた瞬間、熱いものが咥内に迸った。
「……んっ、んん……んくっ」
 脈動に合わせて溢れでるそれを、コノエはすべて受けとめて飲みくだした。
 いったん顔を離し、もう一度先端にくちづけ、ちゅう、とわざとらしい音をたてて残滓まで啜ってやった。
 コノエの髪を掴んでいたアサトの手から力が抜け、シーツの上にぱたり落ちる。視線を上向けると、アサトは顔を天井に向けていて、荒い息を継ぐ顎と喉元だけが見えた。汗で湿った褐色の、綺麗な首筋。何故か妙に珍しいものを見ている気になって、コノエは数瞬の間、その部分に目を奪われていた。
 長く大きな息を吐き出すと、アサトはゆっくりと上体を起こした。コノエも慌ててアサトから体を離す。急に気恥ずかしさが蘇ってきて、とりあえずアサトの濡れた下肢を拭うものはないかと辺りを見回した。
「ありがとう……コノエ」
 溜息のようにアサトが呟いた。
「もう苦しくない……すごく、楽になった。やっぱりコノエはすごいな……本当にすごい」
 そんなことの礼を神妙に言われると、恥ずかしいやらくすぐったいやらで、どう応えていいかわからない。
「よ、よかったな……」
「気持ちよかった。あんなのは……初めてだった。あんなことができるなんて、コノエはすごい」
 恥ずかしさに居たたまれなくなる。もういいから、とアサトを制しようとしたとき──
「そりゃあ、俺が直々に仕込んでやったからなあ」
 背後からの声に全身の産毛が逆立った。
 声の主が誰かなどと、考えるまでもない。この宿にはいま自分と、アサトと、もうひとりしかいないのだから。
 おそるおそる振り返ると、バルドが開けた戸の枠に背をもたらせ、呆れたような苦笑いを浮かべていた。
「アサトを呼びにいくだけにしちゃ遅いと思って、見に行ってみりゃあ……確かに宿は客商売だが、ちょっとサービス過剰じゃないか?」
「それは……その……」
「まあ、発情期ならしかたないっちゃしかたないが……」
 バルドの口調は軽かった。もしかしたらあまり怒っていないのかもしれない。バルドの過去を根掘り歯掘り聞いたことはないが、雄雌かまわずに遊んでいたことは確からしいし、発情期の解消は彼のなかで色事の範疇ではないのかもしれない。コノエの肩からわずかに力が抜けた。
 バルドは二匹の座る寝台の前まで歩みよると、アサトの顔を覗き込むように近づけた。
「すっきりしたか?アサト」
 アサトが神妙な顔で頷くと、「よし」と小さく呟き、バルドはコノエの腕を引くと、軽々とその体を横抱きに抱えあげた。
「ちょっ……!おいバルド!」
「ひと仕事終わって疲れただろう。俺がたくさん労ってやろうな」
 コノエが足をばたつかせて抗議するのにも構わず、バルドはコノエを抱きかかえたまま、閉じかかった扉を後ろ足で蹴って開けた。
「アサト、食堂に飯が用意してあるから、適当につまんでいてくれ」
「コノエは」
「コノエはいいモノ食べて腹いっぱいだとさ」
 バルドの言葉にカッと頬が熱くなる。コノエは振り返ってアサトのほうを見ようとしたが、すでに扉は閉じられたあとだった。

.

.

 軽いといっても真綿でできてるわけではないコノエの体を抱えても、バルドは足取りをおぼつかせることなく階段を降りていく。
 食堂を突っ切り、奥の部屋の戸をこれまた器用に蹴り開けて、バルドはコノエを寝台の上に放り投げた。
 野菜を詰めた麻袋のように扱われて、コノエは顔をあげてバルドを睨みつけた。バルドはそんなコノエの険相などものともせずに、コノエの間近に顔を寄せると「美味かったか?アサトのは」とじんねりと囁いた。
 コノエは息を呑んだ。ここにきて、バルドの黄朽葉色の目がまるで笑っていないことに気づく。……バルドはやはり怒っている。コノエの背筋が緊張で固くなった。
「……バルド……ご、ごめん……」
「謝るようなことじゃないだろう?アサトを放っておけないお前の気持ちはよーーくわかるさ。ただ」
 バルドは寝台に乗りあがると、電光石火の早さでコノエの体を寝具の上に押し倒した。
「お前たち見てたら、俺もすっかり発情しちまった。だから優しいコノエさんになんとかしてもらおうかなと」
 バルドは拘束するようにコノエの体に覆いかぶさり、意地の悪い笑顔を見せた。そのまま体を屈めると、コノエの何も言えずにいる唇にくちづけようとする。
 コノエは慌てて顔を背けた。まだコノエの口のなかにはアサトの精の名残がある。アサトにしたことをまるまる見られていたからと言って、そんなことまで知られるのは嫌だった。
 しかしバルドはコノエの頤を手でがっちりと掴むと、乱暴なほど激しく口を吸った。強引に舌をねじ込み、コノエの咥内をかき回すように舐った。
「うっ……く、…うん……っ」
 コノエがバルドの肩に爪をたてても、くちづけは一向にやむ気配がない。口の端から唾液が漏れ滴る。舌を痛いほど吸いあげられ、歯茎にまで舌を這わされ、咥内が慣れ親しんだバルドの味しかしなくなった頃、ようやくバルドの唇はコノエを開放してくれた。
 陸にあげられた魚のように、コノエは胸を喘がせた。呼吸が整うのを待つこともなく、バルドの手はするりとコノエの前掛けをほどき、下衣を引き下げた。
 コノエの雄の部分は勃起こそしていなかったが、先走りで濡れそぼっていて、少し前の興奮の名残を伝えていた。
 慣れた手つきでバルドはコノエの雄を握ると、律動的に扱き始める。まだ欲望の放逐をしていない雄茎はたちまち固くなった。
「あっ……やめ……」
「気持ちいいか?」
 答えることなどできずに、コノエはふいと顔を背けた。バルドが苦笑する気配が吐息から伝わった。
「お前もアサトぐらい素直になりゃあいいのにな」
 いちいちアサトを引き合いにだすバルドが憎らしかった。ちくりちくりと針を刺すように小さく咎められるくらいなら、いっそ殴られでもしたほうがマシだった。
食い縛った牙の隙間から小さな唸りが漏れる。バルドは笑いを含んだ声で「怖いな」と呟くと、やおら身を屈め、コノエの欲望を口に含んだ。
「ん、あぁっ……!」
 コノエの憤りなど、バルドの前では砂山のようなものだろう。現にいまもバルドの舌先で転がされて、もろもろと崩れていくばかりだ。
 咥えられたまま咥内で幹を下から上へ舐めあげられる。それだけでのぼりつめそうになってコノエは呻いた。もう後戻りできないほど体は熱くなっている。なのにバルドは咥えている雄茎から顔を離すと、ぽんぽんと軽くコノエの尻を叩いた。
 これは四つん這いになれという意味──
 幾度もの睦み合いのなかで、自然にできあがった無言の合図。言葉ではなかなかいうことを聞けないコノエも、これには割と素直に従うことができた。もちろんそれは、意地など到底はれないまで蕩かされてからのことではあったが。
 ゆっくりと体を起こし、コノエはバルドの望むままの格好になった。
 バルドの気配がいったん寝台から離れ、また戻ってくる。何のために?とは思わない。ほどなくして、コノエの臀孔にひやりとぬめるものが塗りつけられる。
「っ、……ん」
 薬草の匂いが鼻を掠めた。いつもコノエの体を開くときに使われる膏薬の匂い。まるで条件反射のようにコノエがゆっくり息を吐くと、バルドの節くれだった指が忍び込んできた。
「あ、あ……あぁ……」
 自分でも触れたことのない体の内を他者に触らせるということは、恐怖に近い緊張をもたらせる。本能が鳴らす警鐘が、鼓動を早め、汗を浮かせる。
 なのに、コノエの雄茎はそれを糧にするかのように、そそり立ち張りつめている。もう、すっかり、コノエの体はその緊張も一緒に快楽と感じるようになってしまっていた。
 バルドの指が緩くなかを押し開くたびに、コノエの背筋に痺れが這いのぼる。
「あっ……バ、バル……ド」
 名を呼んでみたものの、後に続く言葉が浮かばない。抗議なのか懇願なのか、それすらもわからない。しかしバルドは懇願と受け取ったようで「よしよし」と呟くと、うつ伏せの体をひっくり返した。手早くコノエの上衣を剥ぐと自分も服を脱ぎ、互いに素裸になった。
 一瞬、何がしかの不安がちらりとコノエの頭をよぎったが、バルドの裸の腕に抱きこまれてその心地よさに塗りつぶされた。
 啄ばむようなくちづけを何度も交わしながら、バルドは胡坐をかいた自分の体の上にコノエを跨らせ、その欲望をあてがった。
「うっ……く……」
 切れ切れの息を吐きながら、コノエは体を沈めようとした。バルドの両手はコノエの腰にあてがわれていたが、決して力を加えようとはせず、コノエが自ら飲み込んでくれるのを待っているようだった。
「ほら……がんばれ」
 バルドが囁いてコノエの耳を甘噛みする。それだけで甘えるように鼻を鳴らしてしまう自分を恥ずかしいと思いながら、コノエはゆっくりとバルドの肉茎を身の内に招きいれた。苦しくて、むず痒い。
 ようやく根元まで飲み込んで、コノエは震える息を吐いた。バルドがコノエの顎を人差し指でついと上向けて唇を重ねる。しばらく音をたてて口を吸いあっていたが、コノエが落ち着いてきたのを察すると、ゆっくりとコノエの腰を揺すり始めた。
「く……んん、あっ、は……」
 バルドはコノエの腰を両手で支え、上下に、ときに捏ねるように揺すりたてる。
 さんざんじりじりとした快感の熱に炙られていたコノエの体は、すぐに蕩け、バルドの欲望を貪りだす。
 眩むような快感に、コノエはバルドの首に手を回して縋りついた。あと、もう少し……あと数回なかを穿たれたら、自分はあっけなく達してしまうだろう。

そのとき──

「バルド──」
 扉の向こうでアサトの声がした。
 ひぃっ、とコノエの喉が鳴った。体が力み、バルドの肩にギリ、と爪を立ててしまった。耳元で小さく「いてて」と呟く声がする。
「食事……食べきれないから残してしまったけど、あのままにしておいて、いいのか?」
 訥々とした声、そうだ、先刻感じた不安の正体にやっとコノエは思い至った。
 アサトに昼食を勧めたバルド、食堂のすぐ近くの二匹の自室。こうなる可能性は充分すぎた。
「ああ、そのまま置いといてくれ。あとで俺が片づけるから」
 コノエの心中を知ってか知らずか、バルドはコノエと繋がったまま、宿屋の主人そのままの口調で言った。
 沈黙が降りた──
 しかしアサトが去った気配はしない。コノエは懸命に扉の向こうの気配を探ったが、自分の鼓動がうるさくてしかたがない。胸を内から叩く音を十とひとつほど聞いた頃
「……コノエは?」
 ぼそりとアサトが呟いた。
 脂汗がどっと噴出した。緊張に全身が竦む。なのにバルドはまったく気にもしてないようで、あまつさえ「あー……締まる締まる」などと耳元で言うので腹が煮えた。
「コノエは昼寝している。朝から働きどおしで少し疲れたみたいだな。アサトもまだ、だるいだろう。休んでいたほうがいいんじゃないか」
 淀みなくもっともらしいことを言うバルドが憎らしい。しかし安心したわけではない。あの扉に鍵はかけられていなかったような気がする。自分を両手に抱いてバルドは部屋にはいり、そしてこのままこんな状態になだれこんだ。いまアサトがこの扉を開けたら、自分は羞恥で死ねそうな気がした。
 しかし
「そうか……じゃあ俺も少し休む」
 そう言ってかすかに床板を踏む足音を遠ざからせていった。
 完全にアサトの気配が遠のくのを待って、コノエは大きな溜息をついた。
「おいおい、まだぐったりするのには早いぞ?」
 バルドの囁きを聞いた次の瞬間、コノエの体は大きく揺さぶられた。
「あっ……バカ…っあ、ああっ……あああ!」
  緊張の反動からか、コノエはあっけなく昇りつめ、弾けた。

.

..

「すまなかったなあ。まさかアサトが来るなんて思わなくてなあ」
「……嘘つけ」
 達したあと、糸の切れた傀儡のようにくずれ落ちたコノエの体を、バルドは布で清めてやっている。噛みついても引っ掻いてもやりたいが、いまのコノエには腕一本動かすのも大儀だった。
「確かに悪いのは俺だけど……こんな仕返しして欲しくない。怒るなら……ちゃんと怒ってくれたほうがいい」
 シーツに顔を埋めたままコノエが呟くと、バルドは何事か考えていたようだったが、コノエの髪をくしゃくしゃとかき混ぜると「怒ってなんかいないさ」と呟いた。
「それも……嘘だろ」
「嘘じゃない。不安なだけだよ」
 その言葉にコノエは、わずかに顔をあげた。
「コノエ、お前ももう気づいているんだろう?」
「……何が?」
「いくら発情期だからって、まったく色気を感じない相手と、どうこうできないってことだよ」
 違うと言おうとして、できなかった。たとえ同じ状況になったとして、アサトにしてやったことをトキノにできるだろうか。
 口ごもるコノエの背をバルドの乾いた手が撫でていく。気持ちがよくて喉が鳴った。
「お前はアサトを大事に思っている。アサトはお前を母猫のように慕っている。どっちも美しい友情だ。だがな、それなりの色気もある友情だ」
 考えてもコノエにはよくわからなかった。アサトは大事な存在だけれど、バルドのように想っているかといえば、それは違うと言い切れた。けれど大人のバルドには自分に見えないものが見えているのだろうか。
「アサトから外の話を聞くお前の顔を見ているとな、お前をこんな宿に閉じ込めてていいのかって思うときがあるよ」
「!」
 コノエはバネのように飛び起きて、バルドの鼻先に齧りついた。「いてて、やめろ」と体を竦ませるバルドに構わず、耳にも頬にも牙をたててやった。
揉みあううちに、バルドの体はシーツの上に倒され、コノエがその上に乗りあがる形になった。
「アンタ……バカだろ。俺の場所はここにしかないって……わかってるくせに」
「わかってるさ……でも気持ちなんていくらでも変わるだろ?昨日のコノエさんはアサトのをしゃぶってやりたいと思ったか?」
 そう言われたら何も言い返せない。顔を俯け押し黙ると、バルドは目を眇めコノエの頬にそっと手を伸ばした。
「でもな。お前が仮にアサトに気がいってしまっても、俺は無様に足掻きまくるさ。それこそアサトと斬り合いになってもお前を取り戻すよ」
「バルド……」
「お前とつがいになって、俺は諦めることをやめたんだ。お前が逃げたら俺は祇沙の果てまでお前を追うさ」
「……もう、やめろって!」
 怒鳴っているはずなのに、コノエの声は笑ってしまっていた。そのままバルドの胸にもたれて頬をすり寄せた。
「……俺は、逃げたりしないよ……バルド。俺も……アンタと会って知ったんだ」
「……何を……?」
 答えようとしたが、できなかった。バルドの心音と髪に触れる手の温もりが心地よくて、コノエはいつの間にか眠ってしまっていた。

.

 結局、コノエが目を覚ましたのは、陽の月が西に傾きだす頃だった。
 すでにバルドは部屋にいなかった。ひと足先に仕事に戻ったらしい。コノエも慌てて身づくろいをすると、部屋を飛び出した。
 干してある洗濯物を取り込もうと裏庭にでると、「コノエ!」と頭上から声をかけられた。見上げると屋根の上でアサトがこちらを見下ろしていた。
「コノエ、もう、疲れてないのか」
 まだ照れくさい気持ちがコノエのなかにあったが、アサトの態があまりにいつもどおりなので自分もそうしようと思った。
「ああ。もう全然」
「よかった」
「アサト、夕飯、なにか食べたいものあるか?」
「コノエが作るものなら何でもいい」
 アサトの言葉にコノエは苦笑して
「俺はまだ、あんまり料理は上手くないんだ」
 そう返した。
「じゃあ、いつか。いつか上手くなったら、作って欲しい」
「わかった」
 答えて、コノエは暖かい気持ちになった。これは約束だった。アサトがこの先も自分たちを訪ねてきてくれることの。

.

.

 それから数日をかけ、アサトは絵を完成させた。
 モチーフは意外にも藍閃の街だった。
 屋根の上から見た藍閃の景色を写しているのだろう。二つ杖の遺跡である石の建物は、乾燥させた白い花びらを貼りあわせて表現している。冷たい石の塊が暖かく見える、じつにアサトらしい絵だった。
「思った以上に見事なもんだなあ。アサト、ひとところに腰落ち着けて絵描きになったほうがいいんじゃないか?」
 そう持ちかけるバルドにアサトは笑いながら首を振った。
「俺は……もっといろんなものが見たいから」
「そうか……しかしなんでまた藍閃なんだ?確かに藍閃も観光の客は山ほど来るが、景色だけなら、もっといい場所もあっただろうに」
 バルドの問いに、アサトの返した答えをコノエは一生忘れないだろう。

.

「藍閃は……コノエの大事な場所だからだ」
 
 
 
 

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コメント

アサトカワイー!!!!!バルコノなのに前半むっちゃアサコノだ

投稿: もっちゃん | 2008年5月25日 (日) 01時02分

アサコノバルコノ両方に萌え~v

投稿: 通行人 | 2008年12月 9日 (火) 21時03分

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