« 祝福の歌 | トップページ | 貴方の好きな歌  前編 »

2007年3月26日 (月)

子猫の歌

「子猫のようだな」

 低い囁きにくすぐられ、コノエはぴくりと耳を震わせた。
 何が?と問いたくても、すぐにはできない。声の主の欲望がコノエの口をいっぱいに塞いでいる。 
 とくとくと脈打つそれに、名残りを惜しむように舌を這わせてコノエはようやく顔をあげた。
「……何…?」
 情欲に潤んで霞む視界に、寝台に腰掛け自分を見下ろす猫の姿があった。ライという名のコノエのつがい。白銀、白貌、こんなときすら冷たく見える水縹の眼が憎らしい。
 薄紅の肉茎を欲に滾らせているくせに、窓から差し込む陰の月明かりに照らされているライの姿はまるで淫欲とは無縁に見えた。それどころか唇をわずかに笑ませ
「お前のその姿が、乳に吸いつく子猫のようだと言っている」
 そんな意地の悪いことを言う。
 すでに熱いコノエの頬がさらに熱をもつ。
「……うるさい」
 今さら羞恥にかられ、コノエは唇を手の甲で拭いながら、ライの足の間から立ちあがった。しかしすぐさま、ライにその手を取られ体ごと引き寄せられる。
 ライはコノエを胸に抱きこんだまま、ゆっくり寝台に背を預けた。
「あながち間違ってもないだろう」
 言いながら上体をずらして、コノエの眼前に萎える気配のない雄の証を突きつける。
「口寂しがるのは幼い証拠だ」
 子猫扱いされるのは好きではない。けれど、ぬめる先端を唇に擦りつけられ、コノエは反論もせずにおめおめとそれを咥内に招きいれた。舌で先端の弾力を確かめ、雁首をくすぐり、喉奥まで含みこむ。
 最初に啜茎をしたのはライに対する負けん気からで、およそ色気も手管もなかったが、いまではすっかり睦み合うときの手順に組み込まれている。
 ライがそれを求めてきたわけではない。ただ互いに服を脱ぎ、下肢を曝け出すとき、ライの肉茎がまるでコノエを誘っているように見えるのだ。寒色に彩られたライの面差しは、常に冷たく冴えきった印象を与えるが、この部分は熱く、猛々しく、強欲だ。
 それを自分が可愛がってやるのは愉しい。だからコノエは誘われるままにそこに唇を寄せる。
 その行為を好きか嫌いかで言えば、好きのほうに傾いてはいる。けれど──
「お前は最初から「それ」が好きだったな」
 ライに揶揄を含んだ声で言われて、頷くことなどできやしない。
「別に……好きってわけじゃ……」
 呟いて上目に睨んでみたものの、「好きでもないのに、そんなにむしゃぶりつくのか?」と笑われた。ライの指がコノエの唇に添わされ、そっと唾液の糸を拭う。
 ……確かに口元によだれを滴らせてそう言っても、説得力の欠片もない。コノエは羞恥に俯いて、けれどなかば開き直る気持ちで再びライの欲望の先端を舐めた。
「もう……黙ってろよ」
 そしてコノエは目を閉じ、ライの欲を煽ることに心を傾けた。頭を上下させて口の粘膜全体でライを扱く。ライの雄の匂い、血の滾りを浮かべる幹の硬さ、先端から滲む粘りの味。そのすべてが……嫌いじゃない。むしろ好きだと思う。
 でも──いちばん──好きなのは
 コノエの髪を梳いていたライの手に力が篭った。もうやめろと言わんばかりに、そのままコノエの頭を押しのけようとする。しかしコノエはそれに応じず、さらに頬をすぼめてライの茎を吸いあげた。
「うっ……ん、くっ」
 口のなかで、唾液と先走りが絡んで篭った音がする。それを啜り、味わいまた、唾液を絡ませる。なんて恥ずかしい姿なんだろうと思う。けれどそう思えば思うほどコノエの体は熱くなっていく。
「………っ…馬鹿猫…っ」
 牙を食いしばるライの口から、絞るような呻きが漏れた。それだけでコノエの背筋に痺れが走り、体中の産毛が逆立った。
「んん……っ」
 次の瞬間──口腔に熱いものが迸った。一拍の間をおいて、その後どくどくと溢れだす。
「あっ……んっ…あ」
 青い木の実を割ったような匂いが鼻を抜ける。白い凝りを舌で受けとめ、苦味にわずかに顔をしかめながらも、コノエはそのすべてを飲みくだした。
 唇を軽く舐め、上体を起こしてライを見下ろした。
「………」
 どんな猛勇であろうと、果てた後のこの一瞬だけは皆同じなのだろう。
 ぼんやりと宙を泳ぐ目、薄く開けた唇。それは、まるで……
「……何だ?」
 ライに問われて、コノエは自分が笑っていることに気がついた。いつもは思っていても口に出さないが、今日は何となくやり返したい気持ちがあった。精一杯大人ぶった口調で囁いてみる。
「アンタのイった後の顔がさ、あどけなくって子猫みたいだなって」
 あのライにこんな顔をさせている自分に、わずかな優越を感じてコノエはくすりと笑った。
「子猫、か」
 言いながら、ライの目がすっと細められた。にわかに瞳に宿る剣呑な光、まずい、とコノエは思った。せっかく機嫌よくしていた猛獣の尾を自分は愚かにも踏んでしまったらしい。
 腕をつかまれ抱き寄せられ、そのまま半身を返したライの体に巻あっという間に巻き込まれていた。逞しい胸板に押さえ込まれて身じろぎもできず、コノエの下衣は取り払われる。外気に触れたそこがいやに冷たく感じるのは、その部分がすでに先走りで濡れそぼっていたからだ。
「何だ?これは」
  意地悪く囁かれて、握りこまれた。待ち焦がれていた感触に内股がひきつった。
「ん、うぅぅ……っ」
 幹を擦り、くびれを指で挟んで捏ね回す。そんな動作を二、三回繰り返されただけでコノエは登りつめそうになる。しかしライの手はコノエの肉茎から離れ、コノエの腰をつかんでうつぶせにした。
「あ………」
 尻を高くあげる格好をとらされ、慣れることのできない羞恥に尾がゆらゆらと揺れた。
「じっとしていろ」
 そう言われて。尾をひと撫でされる。
「んっ」
 震えが尾の付け根から先にまで走って、鍵尻尾がピンとそそり立つ。次の瞬間、尻の肉を掴みあげられ、コノエの臀孔にライの舌が触れた。
「ふ、あぁっ」
 驚きのあまり、裏返った声がでた。反射的に尻の筋肉に力がはいったが、ライはおかまいなしに舌を潜らせようとする。
「や、やだ……っアンタ、何やっ……て…!」
「何を戸惑う。母猫が子猫にしてやることだろう」
 コノエの惑乱などものともせずにライが言う。確かに母猫は赤ん坊にそうやって世話をするものだが、自分は赤ん坊ではないし、だいたいライのいまの行為の意味は、母猫のそれとは真逆じゃないか。
「そん……な…、あっ、や……あ、あっ」
 頭に浮かぶ抗議の意は、喘ぎに変わって言葉にならない。悔しいけれど気持ちがいい。ライを蕩散させる愉悦と同じくらい、ライによって乱され、蕩かされることが気持ちいい。
 気がつけば啜り泣きのような声をあげ、目に涙まで滲ませていた。ライの舌が離れ、入れ替わりに触れられた指をコノエのそこは、難なく飲み込んだ。
「ん、んん……」
 指でコノエの臀孔を解しながら、ライの舌はコノエの背を這った。肩甲骨を甘噛みされて首筋にくちづけられる。ライから与えられるすべてが心地よくて、子猫のように鳴いた。
 切ない。嬉しい。愉しい。少し悔しい。
 感情は幾重にも、マーブルのように渦巻いて、自分が何を感じているのかもわからなくなっていた。だからコノエはそのすべてを込めてうわごとのように呟いた。
「ライ……ラ、イ…」
 わずかな間をおいてライも呟く。
「馬鹿猫……」
 次の瞬間、体の一点に疼痛を感じた。すっかりぐずぐずに蕩けきっていたと思っていたのに、それが食い込んでくる感覚は目が覚めるように生々しい。
「あっ……ん、くう、うぅっ」
 先刻まで自分の口が可愛がっていたものが、今度はコノエを可愛がろうと進入してくる。ライの熱い、篭ったような吐息がうなじにかかって、コノエはきつく目を閉じた。

...............

「……確かに子猫のようだな」
 ぐったりと寝台の上でのびるコノエの顔を覗き込んで、ライが我が意を得たりとばかりに唇を笑ませた。
「そうだな……。それもさんざん泣いて泣き疲れて寝入った子猫というところか」
「うるさい……うるさい!!」
 コノエは両腕で顔を覆い、ライに背を向けた。しかたがないじゃないか。本当にさんざん泣いてしまったし、顔の赤みだってきっとまだ引いていない。
 本当にライは負けず嫌いだ。ひとつ何か仕掛ければ十にして返してくる。そんなところも子猫みたいだと思ったが、反撃が恐ろしいので口には出さない。
 耳に濡れた感触がした。いつの間にかライがコノエの背に沿って後ろから毛づくろいを始めていた。そんなことで懐柔されないと思いつつも、ライの舌は優しくて思わず喉が鳴ってしまう。
 しばらく逡巡したが、コノエは身を捩って、ライのほうに向き直った。そして少しだけ、憤けた口調で
「……アンタにも……」
 そう言って、ライの首筋に舌を這わせた。
 ライは何も言わなかったが、彼の喉からもやがて低く鳴る音がし始める。

..........

 二匹はしばらくうす闇のなかで互いの毛づくろいをしていたが、やがてどちらともなく眠りについた。互いを抱き込むようにして眠るその姿は、それこそが二匹の子猫のようだった。
 
 
 

|

« 祝福の歌 | トップページ | 貴方の好きな歌  前編 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 子猫の歌:

« 祝福の歌 | トップページ | 貴方の好きな歌  前編 »