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2006年12月11日 (月)

夕辺の歌

 
 長い森を抜けたとき、すでに陽の月は傾きかけ、藍閃の外門を橙色に染めていた。

 藍閃の街にはいるのは、久しぶりだった。月にして四巡り半ほどか。
 冬の祭り──暗冬を前にして、慌しく行きかう猫たちの波は途絶えることがない。
 コノエの前を歩くライは、大柄な体躯のわりに猫たちの間をぶつかることもなく、するすると掻き分けていく。コノエは猫の多いところを歩くのが苦手だ。必ずといっていいほど、肩をぶつけたり足を踏んだり踏まれたり、猫に行く手をふさがれて足踏みをしてしまったりする。
 「身体感覚がないせいだ」とライは言う。
 かつての自分たちの祖先は、自分の体の通れる幅を瞬時に測れたという。
 ライも祖先ほどではないにしても、そのあたりの感覚が鋭いらしい。それは戦闘にも生きてくるはずだ。自分は賛牙で、闘牙ほど必要な感覚ではないかもしれないが、どんなものでも優れているほうがいい。こんな些細なことに劣等感を感じてしまう自分をコノエは情けなく思う。

 「何をしている」
 ライの声に顔をあげると、彼はすでに宿屋の入り口の前に立っていた。白く太い尾が少々忌々しげに揺れているのは、バルドと久々に顔を会わせなくてはならないからだろうか。

 リークスとの闘いの後、コノエはライと、つがいの賞金稼ぎとして各地を巡り歩いていた。二匹が藍閃にやってきたのは、いま追っている盗賊の情報を得るためと、もうひとつ…発情期をやり過ごすためだ。
 祭りのときは、猫が多く集まる。情報も集まりやすい。そして発情期のときは判断力も集中力も鈍るので野宿は賢明ではない。ライは言う。
 だから暗冬から発情期までの間を、バルドの宿で過ごそうということになったのだが、この一年、西へ東へと忙しなく過ごしてきたコノエにとって、それは穏やかな休暇のように感じた。
  
 宿の手続きはコノエがした。ライがバルドと面と向かいたくないと言ったからだ。以前ほど二匹の間は険悪ではないのだが、もうバルドへの態度が癖になってしまっているのだろう。バルドは久しぶりに会ったというのに、受付のカウンターで頬杖をつきながら、「ああ」と口端を吊りあげただけだった。まるで昨日会ったと言わんばかりの態度だ。 しかしそれがコノエには、ほっとする。
 
 宿帳に名前と滞在期間を記入していると、バルドがそれを見て、「ああ、もうそんな時期か」と呟いた。
 その声音に含むものを感じて、コノエが顔をあげるとニヤニヤとしたひげ面が間近にあった。思わず上目に睨んでしまう。
「しかし、あれだな。あんたら、しょっちゅう乳繰り合っているんだろう?それでもやっぱり発情期は特別なのか?」
 ガチャリと背後で金属の音がする。振り返るとライが剣を鞘から抜こうとしていた。コノエはそれを慌てて押しとどめる。
「…相変わらず下世話な猫だな」
 ライの低い呟きにも、バルドは動じることなく、くるくると鍵を振って投げるようにコノエに渡した。
「部屋は二階の角部屋を使ってくれ。あの部屋だったら多少煩くしても構わんからな」
 今度こそ剣を抜こうとするライを、コノエはしがみついて止めた。しかしバルドの味方をしているわけではなく、むしろ自分もバルドを殴りたい気持ちだった。だからライの体を階段へと向かわせながら、振り返りざまに大きく舌をだしてやった。
 バルドの目がほんの少し丸くなった。

 部屋にはいると、途端なつかしい気持ちにかられた。 
 以前に滞在していた部屋とは違うのだが作りは同じで、ましてや時期もあの頃と同じなのだ。窓から流れてくる街の喧騒や季節の匂いが、コノエの胸をわずかに切なくさせた。
 ライはそんな感傷などかけらもない態で、寝台に腰掛け装備をはずしている。
 賞金稼ぎとして長く放浪を続けているライにとって、こんな感情は一笑に付されるものであるに違いない。少し決まり悪い気持ちで、コノエも寝台に腰掛けた。
「明日は…どう動く?」
 内心を悟られないように神妙を装って聞いてみる。
「明日は酒場で聞き込みをする。あと武器屋にも行っておきたい。やることは山ほどある。お前は…体を休めておけ」
 語尾にため息のようなものが混じる。ライも疲れているのかもしれない。それはコノエも同じだった。装備をはずすと体の緊張が一気にほぐれて代わりに疲れが押し寄せてくる。ここしばらくは、ずっと野宿だったのだ。毛布にくるまると抗えないほどの眠気が襲ってきて、コノエはライに声をかけることも忘れて眠ってしまった。意識が途切れる寸前に、耳の裏に温かい湿り気を感じたが、それに応えることもできなかった。

 それからの数日は慌しかった。
 長旅に必要な消耗品の買出し、武器屋で新しい装備の物色。磨耗した剣を研いでもらうことも必要だった。肝心の盗賊に関する情報はあまり得るものがなかった。しかしそれでもいい。コノエはこっそりと思う。
 今回の滞在の理由は、やはり発情期を二匹で過ごすことのほうが主なのだろうと。盗賊のことはライなりの後づけなのだろうと。街を一日かけて練り歩き、夜は訓練も加わって、泥のように眠る数日だが、コノエはそれにすら蜜月のような甘さを感じていた。

 そして──その日はきた。
 朝、目覚めた瞬間から体に違和感を感じた。
 冬も近いというのに頬が熱い。上体を起こすと頭がわずかに重かった。隣の寝台へ目をやると、ライはとうに起きていて、手の甲に舌を這わせていた。コノエの気配に気づいたのか、毛づくろいを中断しこちらに視線を向けた。
「おはよう」
 コノエはわざと清しげにライに声をかけた。体はほてっていたが、原因さえわかっていればどうということはない。去年の自分は、初めての発情期に惑うばかりだったが、いまは違う。この程度なら十分に御しきれるものだし、ライも──同じ状態なのだと思うと愉快だった。
 体の熱など微塵も感じていない素振りで、コノエも毛づくろいを始めた。いろんな感情をだだ漏れにして、ライに手玉にとられる状態もいいかげん脱したい。
 目をとじ、気分よく毛づくろいをしていると、いきなり尻尾をつかまれた。
「あ……ぁっ!」
 電流のような痺れが体を駆け抜けて、思わず声が漏れてしまった。
 振り返ると呆れたように片眉をあげたライの顔があった。
「…この程度で声をあげるとは、まだまだだな」
「い、いきなりだから驚いただけだ!」
 腰に力をこめ、尾をライの手からふりほどき、そのままシーツを二度叩いた。
「それで!今日は何するんだ?」
 言い終えて、コノエは「しまった」と思った。誘っているのかとライに思われやしないだろうか。
 しかしライは壁にかけてある自分のマントを羽織ると「今日は道具屋に行く。頼んでおいたお前の胸当てができているはずだ。それと人のいない時期だからちょうどいい。森で薬草の調達もしたい」
 まるでいつもと変わらない口調で言った。
 …本当にライも発情期なのだろうか。コノエはうっすらと不安になった。

 体に淀む熱は、夕刻が近づくにつれ、どんどんひどくなっていった。
 心構えができているぶん去年よりはだいぶマシではあったが、それでも段々と膨れあがる欲望は堪えがたいものになっていた。
 さらに、去年より分の悪いこともあった。
 この一年で体に刻まれたライの記憶だ。
 ライの唇、指先、吐息、髪の匂い。
 逞しく盛りあがった上腕、汗に濡れて光る肌、自分を穿つライの…熱。
 それらが、ことあるごとによぎっては、コノエの欲を煽りたてる。陽の月が陰る頃には、宿に向かう足取りさえおぼつかなくなっていた。
 隣を歩くライの涼しい横顔を見ながら、コノエは唇を噛んだ。

 宿に戻るとバルドに「夕飯は?」と聞かれたが、ライは「いらん」とだけ言って階段をあがっていった。コノエも少しすまない気持ちで首を振った。正直なところ食欲はまったくなく、立っているのもやっとだった。
 バルドは「なんだ。まだやってなかったのか」とからかうように呟いたが、それに反応する気力もなかった。
 ライに少し遅れて部屋にはいる。
 すでに部屋には、道しるべの葉の薄青い光が灯されていた。
 たよりない光は、装備をはずしたライの、しなやかだが逞しい体を照らす。     動きやすさを重視した、体にはりつくような薄い服は、筋肉の隆起まで見てとらせる。そのラインの美しさを纏わりつくの銀の髪がさらに際立たせていた。裸のときよりも淫らに感じるのは自分がおかしいからだろうか…。「なんだ」と声をかけられ我にかえる。コノエは入り口で立ち竦んだままライに見蕩れていたのだった。
「…なんでもない…」
 掠れた声がでる。乾いた唇を舐める。自分がとても浅ましいもののように感じてくやしかった。ライも同じであるはずなのに。ライは何故平気な顔ができるのだろう。

 …ライは何故、コノエの前で取り繕うのだろう。

 突然、ある希求がコノエのなかで湧きあがった。
 無言でライの前まで歩みよる。視線がかち合う。
 ライが「何だ?」と目線だけで問う。それには答えず、コノエは無言でつま先だち、高すぎる位置にあるライの唇に体ごとぶつけるようにくちづけた。
 ライのこぶりな耳がピクリと動いた。
 上背が足りないせいか、唇がうまく合わさらない。コノエはライの下唇を噛むように咥えてそっとそれに舌を這わせた。
「………」
 ライの唇の間から吐息が漏れる。それが呆れた末の溜め息か、扇情ゆえの吐息かはわからない。
 コノエもひとつ、息をつく。あげていた踵を床につけ、本来の位置──ライの胸板に頭を緩くすりつけ、右手をそっとライの下肢に伸ばした。
「なんだ…?娼婦の真似事か?」
 ライの口調に、ほんのわずか戸惑いの色を感じた。コノエの胸が鳴る。
「そう思っていいよ。今夜は…俺がアンタを乱すから。アンタの澄ました顔を俺が剥がしてやるから」
「…ほう……?」
ライの声音から惑いが消え、好戦的な響きが孕む。
「お前にできるのか?いつも終いには身も世もなく泣くくせに」
「…うるさい!」
吐きすてて、慌てて口をつぐむ。すでに会話が艶消しになってしまっている。ライに巻かれては駄目だ。コノエは自分の鼻先にあるライの胸板に唇をつけ、布越しに乳首を少しきつめに噛んでやった。
「……っ…」
 ライが息をつめる。そのわずかな怯みをついて、コノエは体当たりするようにライの体を押した。ライの体がよろけ、寝台に尻をつく。
 間髪をいれずにライの体にまたがり、再び唇をよせる。今度はゆっくりと深くくちづける。
「……ん…」
 舌でライの唇の隙間を割り、ライの舌の先をそっと舐める。熱くぬめる感触。コノエの背の産毛が逆立ち、尾が大きく膨らんだ。
 ライはなにも反応してこない。
 …もしかして、本当にコノエの手管を試し見ようとしているのだろうか。そしてそれが稚拙ならば鼻で笑ってやろうとしているのだろうか。
 コノエは唇を噛んで、尻尾を大きく振った。…やってやる。娼婦の手管など知る由もないが、自分が閨でライにされていることなら真似できるはずだ。
 ライの衣服を捲りあげて、露わになった裸の胸板に舌を這わせる。鍛えられた硬い筋肉、同じ性を持つものとして羨望に値する美しさだ。
 だけど──ここだけは。コノエの舌がつっ、とライの乳首をなぞる。
 ここだけは、どんなに鍛えても無防備だ。薄紅色であどけない。
 コノエは舌先で円を描くように、ライの乳暈の縁をなぞった。ぴくりとライの胸筋が引きつるのを感じる。舌を押し返すようにその部分が尖ってくる。
「…勃ってきた」
 語尾にかすかに愉悦を滲ませてコノエが呟くと、
「勘違いするな…鳥肌と同じだ」
 ライがふてくされた声で返す。
 可愛くない…コノエは、そう思い、ふと自分もそうなのだろうかと考える。確かにライに同じことを言われたら、自分も似たようなことを言い返しそうだ。
 クスリと笑って、ライの腹筋に頬ずりよるように頭を下腹部に寄せていく。
 下衣の前を開けると、すでにライの肉茎は欲を漲らせて硬くなっていた。
「……あ……」
それを目にした途端、抑えつけていた欲望が一気に溶解してコノエの全身を駆け巡った。
 熱が下肢に集まっていくのを感じる。己のものが下衣のなかで痛いほど張り詰めていくのがわかる。
 自分の体も同じものを持っているのに、何故こんな気持ちになるのだろう…。
 それは……ライのものだからだ。
 ……ライも欲望に身を焦がしている。
 思うだけで胸が痛いほど鳴った。堪らなくなってむしゃぶりつく。ライが抗うように身を捩じらせたが、かまわずに先端を咥えこみ、くびれに舌を這わせた。
「っ……うん、ぁ…んん、ん」
 唇から漏れる自分のくぐもった声がさらに欲望を煽った。もっと、もっとライの欲を感じたい。その一心でライの先端の窪みに舌をねじ込み、先走りを啜りこんだ。
 娼婦なんてものではない。自分は、雌猫だ。ただライという名の雄猫が欲しいだけの一匹の雌。
「……おい、もうやめろ」
 自分を押しとどめようとするライの声が頭上からしたが、首を振って啜茎を続けた。ライの大きな手が自分の髪をつかみ、軽く引く。指の動きが何かを堪えるように忙しなく、その刺激にすらコノエは昂ぶった。
「うっ……んくっ…ぅ」
 まるで、それだけが自分を救う手立てかのように、コノエはひときわ強くライの漲りを咥内で啜りあげた。
「……く…っ」
 ライの小さな呻きが耳に届いた瞬間、コノエの咽喉に熱いものが迸った。驚きに顔を離す。塞き止められるものがなくなって勢いを増した白濁は、コノエの唇から頬、額までをも断続的に汚し続ける。
「あっ……あ、う…っん」
 そのぬめる熱にさえ体が震えた。むせかえるような雄の匂い。コノエは舌をだして唇を伝うライの精を舐めとった。
「ん……」
 目をとじて、うっとりとライの歓喜の徴を味わっていると、
「おい」
冷ややかな声が頭上に降った。
 我にかえって顔をあげると、余韻に汗を滲ませているものの、熱のすっかり冷め切ったかのようなライの涼しい青い瞳があった。
「……あ…っ……」
 ここにきて、ようやくコノエは自分のしでかした間違いに気がついた。
 ライの欲望そのものは、まだ完全に鎮火してはいないだろうが、発情期特有の熱病のような状態は、いまの吐精で治まってしまっているはずだ。
 自分はといえば、まだ欲という名の熱が全身を巡って、下肢のつけ根がズキズキと脈打っている。
 ここにきて完全に形勢は逆転してしまっていた。
「……お前は本当に馬鹿猫だ。好きにさせると、どこまでも突っ走ろうとする。加減というものを知らないのか」
 言いながら、ライはコノエの腕を強く引いた。上体がライの胸板に乗りあがる。ライはコノエの頬に残る残滓を指で拭うと、すっと目を細めた。コノエの背にわずかな怖気が走る。
「お前は少し知るべきだな。ものごとの因果というものを。自分の行動がどういう結果を招くのか……俺がたっぷりと教えてやる。お前が泣こうが喚こうがな」
 

 言葉通り──コノエはライに泣かされていた。
 熱い息を吐き出すたびに、涙も滲んで頬を伝っていく。
 コノエは一糸纏わぬ姿で寝台に寝かされ、ライの緩い愛撫を受け続けていた。
 ライの舌は毛づくろいのときとは違う淫猥な動きで、コノエの耳から首筋を這い、鎖骨、肩、わき腹を甘噛みする。そのたびに跳ねあがるコノエの体をライの逞しい腕がしっかりと縫いとめ、決して逃そうとしない。
 そしてライの右手は──コノエの欲の中心を優しく残酷に甚振っていた。
 掌で腰まわりをさすり、焦らすように下生えを梳く。肉茎の根元に指を這わせ軽く扱きたて、けれどそこから上、一番敏感な部分には決して触れようとしない。
「あっ……ふ…っあぁっ…う」
 もどかしくて狂いそうになる。与えられる愛撫は確実に快をもたらせているというのに、決して極みまでには至らない。欲望は解放を求めて体のなかで逆巻いている。
 もうどれぐらいこうしているのか。
 まだ一刻も過ぎていないのかもしれないが、体のほうは気が遠くなるほどの時を感じていた。
「苦しいか?」
 ライの静かな声とともに、長い指がコノエの臀孔を軽くまさぐる。もっと確実な刺激が欲しくて思わず腰を揺らすが、指は侵入しては来ず、入り口のあたりをくすぐるばかりだ。
「あっ…ライ…っ…い、やだ…」
 発情の熱が鎮まり、ライは完全に己の欲望の舵取りができる状態だ。コノエをこのまま、どこまでも弄ぶことができるだろう。それに対してコノエは何もできない。  ライの言葉通り、身も世もなく泣くことしかできなかった。
「ライ……、もう…だ、駄目…だ…」
 しゃくりあげるような声がでた。涙で霞む視界のなか、自分を見つめるライの顔は何故だかひどく神妙で、コノエの不安を煽りたてる。
 ふいに──ライの唇がコノエの頬に触れた。
 涙の軌跡に沿って舌を這わせ、目尻の涙も掬い取る。
「泣くな。馬鹿猫」
 低く囁く。
「アンタが…っ、そう…させてるんだろ…っ」
「俺にそうさせているのがお前だろう」
 小雨のように降り続く愛撫が止んだ。コノエは震える息を吐いてライを見る。
「……干潟の温い泥のように、二匹で交じり合う心地はどんなものだったろうな」
「え……?」
「我を忘れて…枷をはずして…発情期でもそこまで晒せる相手は、そういるものじゃない。猫といえどそこまで獣じゃない。ただ…」
 ライの手がコノエの前髪をかきあげる。薄青い瞳がまっすぐにコノエを見る。
「そういう相手がいるなら、一晩くらい自分を脱ぎ捨ててもいいだろう」
 …コノエのぼやけた頭には、ライの言葉が半分も理解できない。ただいつになく真摯な声音に聞き流すことだけはしたくない、と思う。
「お前は…身軽すぎる。俺が防具ひとつ外す前に裸になっている。……いや、俺が鈍間なだけか」
 自嘲の響きは、およそライに似つかわしくないものだった。言葉の意味はまだよくわからない。でも……もしかしたら、それは。
 ライも──発情の熱に身を任せて──コノエの前で乱れようとしていたのだろうか。
 けれど、わかる。ライはあっさりと鎧を脱げる猫ではない。
 自分も意固地なほうだと思うが、ライはそれ以上なのだ。だから、ゆっくりと「それ」を脱ごうとしていた。機を伺っていた。なのに急かしたのは、自分だった。
 悔しかった。悔しくて自分の手の甲を思わず噛んでいた。ライは、そんなコノエを見て「何をしている。馬鹿猫」と言った。淡い、優しい、陰の月のような声音だった。
「ライ……ご、めん…」
呟く唇にライのそれが触れる。一度離れて、また触れる。だんだん深くなるくちづけに溺れそうになっていると、濡れた下肢に熱い何かがあてがわれる。
 自分のよく知っているものだ。自分がいま一番欲しいものだ。これを受けいれたら、自分はまた浅ましく喘ぎ、泣き喚くことだろう。
 でも、ライになら、それを見られてもいい。
 快楽に蕩けて、泥のように正体をなくして、そして──次の年には二匹でそうなろう。
 コノエはライの首にしがみつき、ゆっくり息を吐いた。発情の熱で茹りきった体は、痛みもなくずぶずぶとライの肉を飲み込んでいく。
「あっ…あ、あ、っあああああっ……!」
待ち焦がれた快楽に、コノエは体を震わせて泣いた。互いの唾液を啜りあい、汗にまみれた体を抱きしめあって揺すられ、本当に泥になってしまうような気がした。

 そして、それは温く柔らかく、悪くない心地だとコノエは思った──

 盗賊の情報が飛び込んできたのは、その二日後だった。
 藍閃をでた北の森で、行商人が襲われたのだという。
 武器装備を慌しく整え、二匹はバルドの宿を後にした。宿代の精算をしているときに、バルドはコノエの口に、カディルをひとつ放り込んで「春にまた来いよ。美味いの作っておくから」と言ってくれた。
 さっさと通りに出てしまったライに小走りで追いつき、隣に並ぶ。
 口をもぐもぐと動かしているコノエを見て、ライは呆れたように「物見遊山に行くんじゃないんだぞ」と言った。
「わかってるよ」
 そう言いながら、コノエの胸は不思議な感情で弾んでいた。
 ふと思う。
 この柔らかく温かい心地を歌にしたら、どんな効果を生むのだろうか。
 今度──試してみよう。

 気持ちのいい歌になるといい──初冬の淡い色の空を見上げながら、コノエはそんなことを考えていた。

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コメント

コノエたんはエッチに対して素直な子だったので書きやすかったです。

投稿: 後藤羽矢子 | 2006年12月11日 (月) 02時32分

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