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2006年10月13日 (金)

笑う英雄

 初秋の高い空に、スピーカーを通して割れた声が響き渡る。
「第一特殊部隊帰還…全員正門前に集合せよ」
 その声に、アキラははじかれるように空を仰いだ。
 射撃訓練中の兵たちが、片づけもそこそこに飛んで行こうとするのを、アキラは低く一喝し、軍用銃の片付けを手入れも含めきっちりとやらせた。
 実戦経験のない名ばかりの兵長のできることと言えば、軍内の規律を新兵に叩き込むことぐらいだ。

 日興連軍基地──その正門から本部へと続く道の両脇にはすでに兵士たちが整列していた。ピンと背筋を伸ばして立つ兵たちの姿には、形だけではない本物の敬畏が感じられた。無理もない。第一特殊部隊は正規の部隊ではないが、いまや彼らの活躍なくしては、日興連の勝利は考えられないのだから。
 アキラは数人の新兵を引き連れて、その列に加わった。今戦の勝利を担った男を真っ先に迎えられる位置に。そう、実戦に参加こそしていないが、アキラも第一特殊部隊の兵士なのだった。
 やがて砂ぼこりをあげながら軍用車が数台連なってやってきた。門をくぐり兵たちの敬礼に迎えられながら、先頭車輌はロータリーの手前で停まった。

 動悸がする──。アキラは震えそうになる唇を噛んで堪えた。いつからだろう。男に対してこのような緊張を強いられるようになったのは。確かに男に畏怖の念を持ったこともあるが、それとはまた違う、自分でも経験したことのない緊張だ。
やがて高さのある車のドアが開き、男がステップ部を踏んで風のようにアキラたちの前に降り立った。
CFCのそれとは赴きの違う、旧日本軍の軍服にアレンジを加えたクラシカルなデザイン、その軍服の上に纏った黒い外套が風にたなびき男の存在をより大きく感じさせていた。
 シキ──己の血を使って日興連に新しい部隊を設立させ、強化兵を自ら率いて前線を駆ける、軍神のような男──
「お帰りなさいませ」 
 言いながら、いま一度姿勢を正し敬礼する。敬語も淀みなく出るようになった。
 シキはアキラに一瞥をくれ、小さく頷くと本部に向かって歩き出した。
 アキラもそれに続く。
 道の両脇から注がれる、羨望や敬畏のまなざしを空気のようにあしらってシキは歩く。その漆黒に包まれた後姿は、昔見た姿に似てはいたが、男はもうあのときの男ではない。そして自分も──

 夕食後、本来なら兵たちの自由時間だが、この日は全員が講堂に集められ、今回の戦果を記録した映像を観せられていた。兵士の何人かに小型のカメラを搭載させていたのだ。
 映像は日興連の戦意高揚、CFCの戦意喪失を目的としたもので、当然ながらシキの意向だ。
 瓦礫のなかを兵士が足をもつれさせながらも懸命に走っている。体に張りつくような軍服はCFCのものだ。カメラを搭載した兵も一緒に走っているようで、画面はCFC兵の後姿を捉えたまま一定の距離を保っている。突然駆ける兵士の横から別の兵士が追いすがるようにフレームにはいってきた。一人、また一人。兵士たちが集まっている。……違う。追い立てられている。よく見れば日興連の強化兵が前後左右を飛ぶように駆けていた。職務に忠実な牧羊犬のように、CFC兵たちをひとところに集めようとしているのだ。

 瓦礫の袋小路にCFC兵は追い詰められた。三方を取り囲む強化兵はゆらゆらとしたたたずまいで、その姿は糸に吊るされた傀儡を思わせた。CFC兵の一人が叫びながら銃を撃った。しかし何発撃とうとも強化兵はそれを人外めいた速さでかわしていく。強化兵は何も言わない。しかし嫌というほど教えてくれる。
 武器などなんの意味もないと。お前らの命はここで終わりだと。

画面が、ふいに上方に動いた。カメラは崩れかけた塀の上に立つ人影を捉える。たなびく黒の外套、不気味に長い日本刀、彼こそが強化兵を束ねる隊の長。
 彼──シキ准将は動揺に蠢くCFC兵の塊のなかにふわりと飛び込んでいくと、カマイタチのような素早さで彼らを切り刻んでいった。
 血霧が舞う。
 肉塊を地面にひれ伏しさせ、彼は悠然と立っていた。赤く染まった空気のなかで、なお際だつ赤の瞳。カメラは動かず、じっとシキを捉え続けている。カメラを搭載した兵がシキに見蕩れているからだろう。そしてそれは、講堂で映像を観ている兵たちも同じだった。
 わずかな沈黙の後に、講堂に、わっと歓声が響き渡った。英雄を讃える声は鳴りやまない。しかしアキラは、何故だかその声に耳を塞ぎたい思いで席を立った。兵たちは画面に喝采を送るのに夢中で、中座した者に目を向けもしなかった。

 宿舎には、自分以外誰もいないようで、廊下は暗く静まりかえっていた。自分の部屋に向かいながらアキラは、この胸に淀む曇天のような感情の理由を探していた。
 シキに連れられ日興連にはいり、そのまま軍に入隊した。まるで火に吸い寄せられる虫のようにシキの狂気に引きずられて、シキに従うだけの身に成り下がった。しかし、シキが激しい狂気を見せたのは、あのトシマの雨のなかだけで、その後の彼が見せるのは英雄の持つ輝きだけだ。
 自分はといえば──入隊はしたものの、戦線に出ることはシキが許さず、週に一度の血液検査と、あとは訓練と新兵の指導にあたる毎日だ。
 自分に流れる血のことは、軍のなかで知らない者はいない。
 だから軍内のアキラの待遇に不満を漏らす者はいなかったが、強化兵たちにとっても、他の隊の兵たちにとってもアキラは異端者だった。
 孤独には慣れていたが、シキが遠ざかることに対しての焦燥は隠せなかった。
 シキが──遠い。
 胸のなかで呟いて、アキラは苦笑した。何を今さら──シキは、ずっと遠かったじゃないか。
 素性もわからず、考えも知れず。体の熱だけが二人を繋ぐものだった。
 シキを近しく感じる瞬間もあった。だが、それは情交の余韻が見せた錯覚だと思う。シキは日興連にはいってからアキラを一度も抱いていない。体を逆巻く熱が引けば、二人を分かつ距離がありありと浮かぶ。

 自室の前に来た。本来ならアキラの階級ではあてがわれるのは二人部屋だったが、特例で個室を使っていた。だからこの部屋にアキラ以外の者がいるはずがない。なのに──扉の鍵は開いていた。
 ナイフで首筋を撫でられるような怖気を感じた。耳を欹てる。物音はしない。物取りよりも自分を狙う者の可能性を考えた。アキラはゆっくりとノブを回し、ドアに体を寄せ、肩で押すようにそっと開けた。
 室内からの反応は──なかった。
 ほっと息をついて、ドアを開けきる。途端、全身が凍りついた。
 開け放した窓を背に、シキが立っていた。窓の外の闇夜が明るく見えるほどの漆黒を纏って。
「准将…何故ここに…」
 言いかけて、言葉を呑む。
 アキラを見つめるシキの目が、血の色を湛えて爛々と光っている。さきほど映像で観たシキの姿と同じであるはずなのに、いま目の前に立つ者が放つのは英雄の光ではなく──魔物の匂いだった。
「シ……キ?」
 アキラがとまどいまじりの呟きを漏らした瞬間、シキはつかつかと歩み寄り、無言でアキラの首筋をつかみ、その背を壁に叩きつけた。
「…が……っ…」
 ギリギリとシキの指がアキラの首筋に食い込む。アキラもシキの手に必死に爪を立てたが力が緩まることはない。少しでもその手から逃れたくて、膝を折り、壁に背を擦りながら腰を落としていく。それでもシキの手はアキラを捉え続ける。アキラの尻が床についたとたん、シキは右手を横にはらい、アキラの体をなぎ倒した。
 自由になれたのは、三度咳き込む間だけだった。
 シキがアキラに馬乗りになって、再び首を絞めあげ始める。
 瞼の裏が真っ赤に染まり、次いでじわじわと暗くなり始める。
 快楽に飲まれる間際に似ている…アキラがおよそ死とはかけ離れたことを考えた瞬間、シキの両手がアキラの首から離れた。
「……っ、か、はっ…っ」
 喉に空気が流れてくると同時に自分の唾液にむせた。体は依然として腰の上に跨るシキに押さえつけられていたが、それでも上体をそらし、アキラは懸命に空気を取り込んだ。ひゅうひゅうと喉が笛のように鳴る。
 やっとのことで呼吸を整え、涙で滲む目をシキのほうに向けた。
 ぼんやりとした視界のなかで──シキがわが身を掻き抱いていた。
 アキラは自分の目に映るものが信じられなくて、手の甲で瞼をこすった。しかし視界がはっきりしても映るものは同じだった。
 乱れて、汗ばんだ額にはりついた黒髪。きつく閉じた瞼、噛みしめた唇は、必死に何かに耐えているようだった。両の指は自分の二の腕にきつく食い込み、服の上からでも肉を裂きそうなほどだった。
「シキ……アンタ、どうしたんだ…?」
 アキラの声に、シキが薄く目を開けた。
 何かに消耗し、疲弊しきったような目の色は、英雄の姿とはほど遠かった。
「…月のせいか、血のせいか知らないが、こんな夜は…あの男が騒ぎ出す…」
 掠れた声。
「…あの男?」言いかけて、アキラはすぐに思い至る。シキが「あの男」と呼ぶのは、たった一人しかいない。しかしその男は、もうこの世にはいない。
意味を図りかねて、アキラがシキを見つめる。シキは薄く笑うとアキラの上から退き、窓辺に向かった。月の光に照らされる横顔は、すっかりいつものシキに戻っていた。
「…あの男は、死してなお、俺を惑わそうとする」
 苦々しく呟いて、シキが眼前で拳を握った。白い手袋を纏ったその指先に赤く滲むものがあった。
アキラは自分の首筋を撫でた。傷らしいものはない。おそらくシキ自身の血だろう。いまのシキの力は強大で、自分の体も容易に傷つけてしまうほどなのだ。
「シキ…アンタ、怪我してるんじゃないのか」
 言いながら、アキラはシキの前に歩み寄った。アキラの言葉にシキは自分の指先に目をやり、ようやく滲む血に気づいたようだった。
 シキは唇をわずかに歪めて笑った。
「あの男と同じ血……奴が感情を削がれていたのは、真っ当なことだったのだろうな。普通の人間にあの感情の暴走は御しきれるものではない」
「……え…?」
「四六時中ではない。ただ時折無駄な感情が膨れあがって我を忘れそうになる。抑えられないことはない、少々忌々しくはあるがな」
 アキラはつい先刻のシキの姿を思い返した。荒い息、血走った目、自分の体を傷つけなくては抑えられないほどの衝動、そんなものをNicoleの血を持つ者は抱えているのだろうか。
 そしてふと思い至る。
「強化兵も……そうなのか?」
「あの者たちには、ロボトミー手術を施している」
 思いがけない言葉だった。
「当然だろう。俺が欲しいのは忠犬であってバーサーカーじゃない」
「アンタは……しないのか?」
 アキラの言葉にシキがクスリと笑う。
「俺が?何故?」
 返事はしなかった。代わりにシキの腕を取り軍服の袖をまくりあげた。
 シキの腕には無数の傷がついていた。
 抉れた傷、盛りあがって引き攣れた傷がふぞろいに並んでいる。そしてまだ血を流す生々しい傷。感情の暴走は四六時中でないにしてもおそらくは頻繁で、そのたびにシキは自分の体にこうして傷をつけていたのだろう。
 あんなに白くて滑らかで美しい腕だったのに──アキラは痛ましさに目を眇めた。
 力の代わりにこんな爆弾のようなものを背負い込んで。それでアンタは辛くないのか?そんなにまでして欲しいものがアンタにはあるのか?
 言葉はなかったが、シキを見つめるアキラの表情は雄弁だった。アキラの「言葉」をすべて受けとったと言わんばかりに、シキはアキラの頬に手をやり、軽く撫でた。
「……俺は、いま、俺のなかの「あの男」と闘っているだけだ。心配するな。いつか必ずあれに勝つ。あの男の好きにはさせない。血の一滴、細胞の一片まで俺は俺のものだからな」
 シキの言葉に虚勢の色はなかった。むしろ楽しんでいる。この男は自分の内の闘いをも楽しんでいるのだ。どんな万難もこの男は乗り越えようとする。決して……呑まれたりはしない。
 なんて……苛烈な男なのだろう。アキラの胸のなかをなにかが熱くしていった。それはおそらくシキの内に滾る火。そうだ、自分が引き寄せられたのは狂気ではなく、まさにこの火の放つ眩しさによってだ。
「なんだ?」
 シキの声に我に返る。シキの指先がアキラの目尻に触れる。そこで自分が涙ぐんでいたことに気づいた。
「シキ……俺には何ができる?アンタのために俺にできることは…ないのか?」
「俺のために?ずいぶんとおこがましい口をきく」
 するりとシキの手がアキラの頬から離れ、シキは部屋の隅に投げ出されていた日本刀を手に取った。
 一瞬で刀は鞘から抜かれ、月の光を反射する。アキラが眩しさにまばたきをする間に、切っ先はアキラの胸元に突きつけられていた。
「ならば、お前のすべてを俺によこせ」
 
 すべて──すべてとは、どういうことか。
 体はすでにシキに抱かれ、すみずみまで烙印を押されている。心も、とうにシキの僕だ。そんな自分にこれ以上何をよこせというのか。
 俯いて考えて、思い至る。
 ある。たったひとつ。
 アキラは無言で軍服の上着を脱ぎ、シャツのボタンを外し前を空けた。そして裸の胸に刀の切っ先をわずかに食い込ませると
「どうぞ」
 静かにそう言った。
 
 口調と同じだけ心も静かだった。
 シキに殺されることに恐怖はなかった。シキの刀が自分の血を吸って、シキの餓える心が少しでも満たされればいいと思う。このちっぽけな命が幾許かの糧になり、男の身のうちを巡ることを考えて、アキラは喜色を含んだ吐息を漏らす。
 チクリと小さな痛みが刺した。
 切っ先が、ほんのわずかアキラの左胸にめりこんだ。刀と皮膚を繋ぐ場所から血の玉が膨れあがり白い肌に赤い流れを作っていく。
 視線を切っ先から鞘を持つ手に移し、そして最後にシキの顔を見た。
 その表情は冷徹でもなく狂気に歪むこともなく、ただ穏やかだった。それが何故だか嬉しくてアキラはかすかに微笑んだ。

 ふいに切っ先が体から離れ、刀が床に放り出される。金属音を聞くと同時に、アキラの体はシキに抱きこまれていた。
「シキ……?」
 惑いを含んだ声はシキの唇に塞がれた。息もつけないほど深くくちづけられ、あれほど静かだった心が一気にざわめきだす。
「お前のすべて確かに……もらった」
 唇を触れ合わせたままシキが囁く。
 アキラは息をつき小さく震えた。
 ああ……
 自分は──魂までもこの男のものになったのだ。
 喜悦で崩れ折れそうになるアキラの体を、シキは強く抱きしめることで支えていた。

 シキの舌がアキラの胸を這う。
 乾きかけた血の跡を舐めとり、傷にも舌を這わせる。ピリピリとした痛みが走ったが、それもすぐに快感にすげ変わる。
「シ……キ…」
 アキラは熱いため息を漏らす。身も世もないとは、こういう気分のことをいうのだろう。シキに触れられるたびに体中の血がざわめいて、自分でもどうしていいかわからない。いままで纏っていた──反発や虚勢といったものをすべて削ぎ落として、剥き出しの魂をシキの前に晒している。それが心以上に体をも敏感にしている。シキの指先に踊らされ、アキラの体はベッドの上で魚のようにびくびくと跳ねた。
「ずいぶんと餓えていたようだな。どこか他所で満たそうとは思わなかったのか?」
 シキがアキラの耳元でからかうように囁いた。
 アキラはシキにしがみついて無言で首を振った。すべてを開放しても言えない言葉はあるのだった。
 俺にはシキだけ──シキ以外の人間になど触れられたいとも思わない。
 その言えない言葉を所作に託した。手をそっとシキの下腹部に伸ばし、布地の上からその膨らみをまさぐった。シキがアキラの意図を察したのか、ベルトに手をかけズボンの前を開ける。アキラは体をずらし、シキの下腹部に顔を寄せ、いきりたつものにそっとくちづけた。
 幹に浮かぶ血管にそっと舌を這わせ、下から上へとツッと舐めあげる。
 雁首のくびれにも舌を絡ませ、そのままゆっくりとくわえこんだ。
「んっ…んん」
 くぐもった短い吐息を漏らしながら、アキラはシキのものを啜茎した。まだ掃うことのできない羞恥にかられて、目は堅く閉じたままだ。
「………っ」
 シキの情欲に濡れた吐息が耳に届く。アキラの背筋を痺れが走り、それに煽られるようにさらに激しく舌を絡ませた。アキラの咥内でシキのものが張りつめていく。シキの手がふいにアキラの髪をつかみ、そのまま自分の腰に引き寄せる。熱い塊はアキラの口腔をさらに深く犯し、苦しさに眉をしかめた瞬間、迸りが喉の奥を射る。
「うっ…んく…っ…お…うん…」
 むせそうになるのを堪え、アキラは断続的に放たれるシキの精を口のなかで受け止めた。しかしそれは思いがけない量で、とうとう口から溢れ顎から首筋にまで滴った。……おそらくシキも誰とも寝ていない……アキラは口に残る精液を飲み下しながらぼんやりとそう思った。

「アキラ……膝を抱えて足を開け」
 快楽の余韻で声を掠れさせながらシキが言った。
 シキの「命令」は、ひどく心地よくアキラの耳に響く。アキラは小さく身震いして、言われたとおりの格好になった。
 シキの眼前にすべてが晒される。羞恥にかられながらも薄目を開けてシキを覗うと、シキの目は昏く、けれど燃えるような熱をもってアキラを見つめていた。
 ひとつ荒い息を吐いて、シキが乱暴にアキラの腰を抱えあげた。あ、と思う間もなく曝け出された臀孔にシキの熱い舌が這った。
「ひっ……」
 アキラの喉が鳴った。それは初めてされる行為で快感より驚きが先にきた。
「やっ…め…そんな」
 身を捩るも、いまのシキの力に敵うはずもない。はしたない孔にシキの舌を捻じ込まれて、さらには昂ぶりを手で扱かれる。羞恥は限界を超え、意識に甘い靄がかかる。
「あっ……はっ…うあ…っ、シ…キッ……」
 体が内から蕩けていく──
 気がつくと、シキの指が臀孔に二本はいりこんで蠢いていた。昂ぶりの先端からは先走りが滴って袋の部分まで濡らしている。体の奥が「何か」を求めてヒクヒクと痙攣した。
「シキ……もっ…う……」
 荒い息を交えて懇願する。シキが小さく笑う。しかしそれも興奮に煽られてわずかに震えていた。
「欲しければ……ねだってみろ」
 シキの甘い声に耳のなかまで犯されて、アキラは小さな悲鳴をあげた。
「シ……キ…」
 羞恥にかられながらも、それでもまっすぐにシキを見た。濡れた唇が震えながら言葉を紡ぐ。
「いれて……欲しい……」
 言い終えると耐えられずに目を閉じてしまった。数瞬の間をおいて熱く弾力のあるものがあてがわれるのを感じた。

  熱が侵入してくる──
「あっ…あ、ああっ」
 久しぶりの感覚にとまどいながらも、アキラは息を吐いてシキを受けいれる。シキも、きつさに耐えているのか息をつめている気配が伝わってくる。
 シキはアキラの頬に小さなくちづけを落とすと、体重をかけてひと息に根元まで自分を飲み込ませた。アキラの体が衝撃にのけぞる。
 間をおかずシキが動き始める。きつく目を閉じ、額にうっすらと汗をうかべそれでも的確にアキラのなかの「快感の種」を擦りあげていく。
「あっ……ん、あっはっ、あ、ああ…」
揺すられるリズムに合わせて声が漏れる。もう声を殺す必要もない。自分が感じている快感を、与えてくれる者に伝えなくてどうするというのか。 
「シキ…あ、…っ……いい………い…い」
 うわごとのように呟く。
 先刻、首を絞められたときに感じた「落ちる」感覚が近づいてきた。視界が暗くなり、外の音が遠くなる。代わりに自分の内側──鼓動や吐息、自分の中を穿つ音までが近くに聞こえる。
「あっあああ…は、ああっ…あ、あ、あ!」
 体が二度、大きく震えて、アキラは精を断続的に吐き出した。シキをくわえこんだ部分が余韻に引き絞られる。シキがアキラの腰をつかみ吐息のような声を漏らして達した。熱いものが自分のなかにひろがるのを感じて、アキラは腰を揺らしてそれを味わった。
 汗ばんだ体を重ねたまま、しばらく二人は繋がっていた。
 シキの黒髪を撫でながら、アキラはうっとりと考える。
 
 シキ──アンタの身の内に巣食うものは、全部俺に吐き出せばいい。俺は全部受けとめるから。
 だって、もう俺は、アンタの一部なんだから──


 あれはシキの「弱さ」だったのだと、いまになってアキラは思う。
 のちのNicoleに対する研究結果によれば、確かにNicoleは感情の増幅を促すが心身に異常をきたすほどのことはないという。
 シキの感情の暴走は、シキ自身が生み出していたものなのだ。
 ナノが死してなおシキを惑わしていたのではなく──シキがナノの死後も囚われ続けていただけなのだ。
 事実、アキラと繋がったあとのシキは感情も安定している。
 それは、まったく英雄に似つかわしくない弱さで、そしてその弱さをアキラはたまらなく嬉しく思う。

 あの日から数年が経ち──シキは日興連を潰し、ニホンを統べる身、名実ともに英雄になった。
 もはやこの国でシキを知らない者はいない。英雄であるシキを。
 だからアキラは力を尽くす。
 シキが英雄であり続けるように。
 シキの弱さを他の者が見ることをアキラは決して許さない。それを見ることができるのは、この世で自分だけなのだ。
 そのためには、どんな暴虐も厭わない。彼に仇なすものは全霊をもって排除するだけだ。

 ニホン国軍の軍服を身に纏い、冷徹な笑みを浮かべる姿は、もはや日興連にいた頃のアキラではなかった。
 アキラは今日の死刑対象者のリストを持って、彼だけの英雄の待つ部屋へと足を急がせた。
 

 

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コメント

…すいません。なんかエロシーンだけめっちゃ浮いてます。

投稿: 後藤羽矢子 | 2006年10月13日 (金) 03時26分

こちらのシキさんとアキラたんのお話はどれも、お互いがかけがえのない、特別に大切な存在として描かれているように思うので大好きなのですが、このお話は特にそれが色濃く現れていると思います。シキさんが決して誰にも見せず、気取らせさえしないであろう弱さや葛藤を、アキラたんだけが見、受け止め、解放し、癒す。例え健全なもので無くても、二人の絆が断ち難いもの、本物なのだと感じました。

投稿: ほのほの | 2009年8月 9日 (日) 04時16分

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