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2005年11月12日 (土)

モンスーン

SEXは川向こうの出来事のようだと、アキラは思う。

川ひとつ隔てた向こうの世界は、こことは違う季節を迎えている。
そこにいる男たちは、みな浮き足だち、熱っぽく、時に荒々しい。
アキラには遠い感情で、だからといって川の向こうに行く気にもなれずに。
自分には関わりのないことだと思いながら、岸の向こうを見ていた。
数日前までは──

風が部屋の窓を叩いている。
薄いガラスがガタガタとせわしなく鳴っているが、その煩さをアキラはありがたいと思っていた。
紛らわしてほしい。衣擦れの音も、自分の息づかいも、口のなかで異物を啜りあげる音も。
それと
「どうした…もっと舌を使ってみろ」
この男の声もだ。

黒髪、黒衣、赤い瞳、闇を渡る魔物のような男──シキに、監禁されて数日がたつ。
シキの部屋に連れ込まれたときには、憔悴と自暴自棄で、殺されてもかまわないと半ば本気で思っていた。
しかしシキはアキラを殺さず、代わりに「向こう側の世界」にアキラを暴力的に叩き込んだ。
アキラを後ろから犯し、口のなかに男根をねじ込み、殺されたほうがマシだと思わせるほどの恥辱を与え続けた。
痛みしかないならそれはただの暴力だが、シキはアキラにそれ以外のものを感じさせようともしていた。
そのことがいっそうアキラを苛んだ。
いまもそうだ。
アキラは床に膝をつき、ベッドに腰掛けているシキの昂ぶりを飲み込まされていた。
シキはアキラの髪を掴み、その頭をゆるく前後させている。アキラは固く目を閉じ、舌を絡ませている。
この責め苦を一刻も早く終わらせたいからしてることで、まったく他意はない。
ないはずなのに、アキラの雄の部分はジーンズのなかで痛いほど張りつめていた。
向こう側に来て──自分はおかしくなってしまった。
律動に頭を朦朧とさせながらも、アキラは考える。

Bl@sterに参加していた頃、集まる男たちが試合までの時間つぶしにする無駄話は大抵が女の話題だった。
女がらみの武勇伝をしたり顔で語る者、それを唾を飲んで聞く者、アキラはそのどちらでもなかったが、時にレイプ紛いの武勇伝が話題にのぼると、眉をしかめて場から離れた。
何故、周りの者たちが、当たり前のようにその季節に向かっていくのか、アキラにはよくわからない。
性は熱くて、どろどろとして、濁っている。アキラは思う。
そんなものに纏わりつかれるのは、厄介でしかない。もちろんアキラも若い男だから、性欲も人並みにはある。しかしそんなものは自分で処理すれば、波が引くようにあっけなく去った。その清々とした心地がアキラは好きだった。

しかしいまは、いくら精を吐き出しても体から熱が去らない。
じくじくと膿むように「何か」が体の内に留まり続けている。
この男のせいだ──その熱を咥えたまま、アキラは上目でシキを見る。
目が合った。ずっと見つめていたのだろうか。こんな自分の情けないさまを。
伏し目がちにアキラを見つめる赤い瞳が、一瞬哀しげに見えた。しかしシキはすぐに口角をつりあげ、その表情を不敵なものに変えた。
「いい顔だな」
髪を掴んでいた手をアキラの頬に移し、シキが囁く。ゆるく円を描くように頬を撫で、アキラに咥えさせている自分の根元を掴むと、口から引き抜いた。
解放されてアキラは大きく息をついた。しかしシキはアキラの髪を再び掴むと、彼の頬にまだ終わりを迎えていない自分の昂ぶりをぬめる唾液と共に摺りつけた。
「なっ…あ…」
逃げようとするアキラの顔を押さえつけ、頬ばかりでなく、唇、鼻梁をも唾液で濡らした。
「舌をだして舐めあげてみろ」
言われて顔が熱くなる。
「………」
アキラは眉根を寄せ、目を閉じ、シキの昂ぶりを舐めあげた。下から上、そして雁のくびれに舌を沿わせる。無意識のうちに、男を悦ばせる舌づかいをしてしまう自分が惨めだった。自分は無力で、いまできる抵抗といったら、シキの顔を見ないでいることだけだ。しかし。
「どこに欲しい?」
耳までふさぐことはできない。アキラを打ちのめす低い囁き、シキの声が耳に流れ込んでくる。
「口の中か?顔か?…それとも、体の中に欲しいか?」
「……っ」
アキラの沈黙をどのように受けとったのか、シキはやおらアキラの腕を掴むと立ちあがらせた。
「脱げ」
「…嫌だ、なんて言っても無駄なんだろうな」
「少しはわかってきたようだな」
何日もシキと過ごしているうちに、アキラのなかにある種の諦念が生まれている。
抵抗して愚にもつかないやりとりをくり返すより、さっさと終わらせてもらったほうがいい。
そう自分に言い聞かせる。

Tシャツを脱ぎ、ジーンズに手をかける。一瞬間をおいて、アキラがシキに背を向けようとすると、
「こっちを向け」
シキがピシリと言い放つ。
唇を噛んで、シキの前で下着ごとジーンズをおろすと、アキラの中心は慰めを求めて、いまだいきり立っていた。
シキは薄く笑った。
「どこに欲しいかは、ここが答えているな」
言いながら、その幹の部分を指でなぞった。アキラの体に電流のような震えが走る。
漏れそうになる吐息を唇を噛みしめることで堪え、アキラはシキを睨みつけた。
アキラの放つ棘などまったく気にもしない様子で、シキはアキラの肩をつかむとベッドの上に押し倒した。
それはスプリングが派手な音をたてるほどの勢いで、固いベッドマットに背中が痛んだ。
抗議をする間もなく、アキラはうつぶせにされ、腰を抱えあげられる。
「…あ…」
シキの、唾液で湿らせたらしい指が、アキラの尻の谷間に潜りこんだ。
固く閉じた部分を縦横に広げ、揉みこみ、指を増やしてさらに揉みこんだ。ときおり二本の指がなかで大きく広がり、アキラを衝撃で仰け反らせる。
「うっ……ん、く…」
痛みと熱さが支配していた部分から、痛みだけが段々と引いていく。歯を食いしばる顎の力が抜け、代わりに唇から甘さを含んだ吐息が漏れた。

「……」
シキがクスリと笑う声が頭上に降った。頬が熱くなったが、もう反発する気になれない。体の奥からせりあがって来る波に溺れたい自分がいる。アキラはシーツに顔を埋めてその声を聞き流す、ふりをした。
指が引き抜かれ、すぐさま熱い塊があてがわれる。
アキラはゆるく息を吐き、押し入ってくるものに合わせて腰の角度を変えた。何度となくシキに抱かれたアキラの体は覚えてしまった。タイミングと挿入の角度を合わせれば、あまり痛みを感じずに受け入れられることに。
「あっ…あ、あ…」
シキを貪欲に飲み込んでいく自分の体、なかの熱さは焦がれる気持ちによるものだ。たった数日でこんなにも変わってしまった自分がアキラは情けなかった。
シキの上体がアキラの背中に被さってくる。アキラの後頭部にシキの吐息を感じた。訝しむ間もなく、シキの舌がアキラの髪の毛を掻きわけつむじを舐めた。
「……あ!」
アキラの体が竦んだ。シキは時折りこんな思いもよらない行動にでる。そういえば先日はいきなり口づけられた。それも意図の読めない行動だったが、今度はなんだ。こんなところを舐めてどうするつもりだろう。
…どうするもなにも、感じさせようとしているのだ。
シキの熱い息が髪の毛のなかに篭る。髪の毛を掻きわける舌の動きが淫らだ。舌の先でつつくように頭皮を舐められ、アキラの体は震え、シキを咥えこんだ部分が収縮した。
…なんで、こんなところが、感じるのだろう。
それは、「向こう側」にいる人間は皆知ってることなのだろうか。

そうする間にも、シキの腰はアキラに密着してこねるように動いていた。こんな動きもいままですることがなかった。いつもは、もっと北風のように強引にアキラの快楽を引きずり出していたのに。
「あっ…うあっ…あ、あ、あ」
もどかしさと不安でアキラは悶えた。もっと激しくしてくれていい。快感のすべてがないまぜになってなにも考えられなくなるくらいに。そう思って腰を揺すってシキを促した。
「ん…っ」
シキの漏らした呟きが、アキラの頭に直接響いた。シキも何かを堪えているのか、アキラの髪を噛んで引っぱる。その刺激にまたアキラは仰け反った。
「あ…!……ん」
鼻から抜けるような甘い声が漏れた。シキの唇が耳元に移り「本当に好きだな。痛みが」
囁いて耳朶を舐めて、噛んだ。やがて舌はアキラの首筋から肩へと唾液の軌跡を作り肩甲骨のあたりでやっと離れた。アキラの体から力が抜けたが、次の瞬間、腰を激しく突きあげられた。
「う、あぁっ」
内臓を押しあげられて悲鳴のような声が出た。
シキの手がアキラの腰を抱え、撫で回している。無慈悲にもシキはアキラの快楽の中心部には一度も触れていなかった。しかしそこは、いっこうに萎えることもなく、先端を濡らして震えている。
「は、あっ…んっ、ん、うあっ」
押しては引かれを繰り返すたび、アキラの泣き声にも似た喘ぎが部屋に響いた。男の体を飲み込んでいるアキラが、別の何かに飲まれようとしている。恐怖を感じた。また何か知りたくもないことを知ってしまいそうな気がする。
波がくる──
いつもなら、雄の部分を扱かれる快感の手助けなくては起こりえないことが。
「いっ……嫌…だっ…」
アキラは慄き、波に抗おうとした。シーツに顔を埋め、左右に振った。
「………っ」
シキが低く呻いて、アキラのつかんだ腰に爪を立てた。次の瞬間迸りがアキラの奥を射る。
その熱さにアキラの体が震えた。怯んだ隙をついて波が一気にアキラを飲み込んだ。
「あ…!ああ…っあ、あ、あぁぁぁっ!」
ニ、三度、体を痙攣させてアキラはシーツに断続的に精を放つ。解放と同時に怖ろしいほどの惨めさが襲ってきた。男を咥えこんだだけで射精してしまった自分の体、男としての自分を丸ごと否定されてしまったような気がする。

アキラを支えていたシキの手が離れ、そのままアキラはシーツの上に崩れ落ちる。荒く息をついているとシキの無情な言葉がアキラを打つ。
「…ずいぶんと、いい体になったじゃないか」
何も言い返せない。それでもシキを睨もうと顔だけで振り返ると、シキの顔がいつの間にか間近にきていた。
漆黒の前髪が汗でぬれた白い額に乱れて貼りついている。赤い瞳は快楽の余韻か、わずかに潤んで揺れていた。赤味の差さない白磁の顔、薄く開けた唇の間から覗く舌の赤さがいやに目をひいた。
純粋に美しい顔だと、アキラは思う。
行為の最中は、意識してシキの顔を見まいとしていた。見れば必ずといっていいほどシキの顔に見入ってしまう。いまだって怒りも忘れてシキに見蕩れている自分がいる。
シキの唇が近づいてきた。また、口づけられる、その確信にアキラの体が固くなった。体はなんの反応もできず、またどう反応すべきかも思いつけず、ただシキの唇だけに目を奪われていた。
唇は、触れ合う寸前で止まり、シキはアキラの唇にフッと息を吹きかけた。
アキラは咄嗟に目をつぶり、次に開けたときには、もうシキの顔はアキラを見下ろす位置にまで離れていた。
「そんなに怯えなくていい」
そう言って、シキはフンと鼻で笑った。からかわれたことに気づき、アキラの顔に血がのぼった。今度こそ返す言葉も見つからず、アキラはシキに背を向けシーツにくるまった。
スプリングが弾む音がして、シキがベッドから離れたのがわかった。しかしその気配はアキラの後ろにとどまり動こうとしない。しばらくの沈黙の後、シキの小さな呟きが聞こえた。
「………アキラ…」
「!」
振り返ると、シキはもう背を向けて歩いていた。バスルームに向かったようだ。アキラは起こしかけた上体をまたベッドに沈め、湿って冷えたシーツに頬を摺りよせた。
どうにも頬のほてりがとれないからだ。

…いったい何回射精すれば、以前の自分に戻れるのだろう。
この体に淀む熱とざわめきを取り払えるのだろう。
窓がガタガタと鳴って、強風が吹いていることを今さら思い出した。
風の音に紛らわせてほしいと思いながら、結局、風の音も忘れるほど行為に没頭していた自分に自嘲まじりの笑いがでた。
それでもいい、シキに苛まれ体はどろどろに疲れていて、しばらくすれば何にも煩わされず眠りにつくことができるだろう。
風が窓を叩く音にも。
シーツに染みついたシキの匂いにも。

まどろみのなかで、アキラは風の音を聞いていた。
それはアキラを次の季節に誘う、嵐のような風だった。

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コメント

アキラって絶対シキの顔、好きだよねーと思います。

投稿: 後藤羽矢子 | 2005年11月12日 (土) 23時28分

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